母が亡くなったすぐ後日の空です。
ずいぶんブログからも遠のいてましたが…(´□`。)
おのれの宣伝のために見境いなくペタしてる奴以外の、
何度となくペタいただいてる方(これにも宣伝もおるかもやけど(笑))、
黙って見守って下さってる方はもちろんですが、
メッセージまでいただいて、
…私、けっこう幸せ者じゃん…(泣)
と、ちょっと感激しております。
逆の立場だったら、プルーならそこまでできへん人やから。
アメブロブロガーさん、優しい人多いよな(泣)。
ていうか、その方、個人の資質と思うんですけどね。
いや、もしかしたら普通なんかもだけど(笑)、
逆にプルーだったら、たとえふだんお世話になってるブロガーさんとはいえ、
なんていっていいかわからん…![]()
→ヘタなこと、へんなこといわんように考えることがしんどい…
→結局沈黙…
ってかんじで、なんだかんだ理由つけて励ますこともできないと思うんで、
こういうシンプルな【人としての優しさ】を持ってる人って人としてすごいなって
思うし、ほんとうにありがたいし嬉しかったです。
そうでなくても、こういう事態に対して、かける言葉ってほんと難しいと思うので。
そうでなくても、ブログなんて顔も見たことない人だし(笑)、
メッセージとか、ほんと、わざわざじゃないですか。
ありがたいなー
みんな優しいなぁ
いい親に育てられてるんだなぁ…
素直で率直なんだなぁ
とか思ってさー、泣いたよ、マジで。
ってウルっときたぐらいで、実際は泣いてませんが(笑)、
(基本、あんま泣かないんで)
気持ちね、気持ち。
そのくらい嬉しかったってことで。
個人的に、わざわざっていうか、
人が人のために時間をさくとか、労を惜しまないって、ほんとすごいことと思うんよね。
なんていうと、
私、どんだけそうじゃなかったの?ってかんじだけど…(苦笑)。
言わなきゃ伝わんないことのほうが多いよなぁ。
言わなくても伝わることもあるけど。
だからっていえばいいってわけでもなくて、その内容によっては
いわないほうがいいとかあるから、それが難しいんだけど。
でも、その気持ちは伝わる。
っていうかそれが嬉しい。
というわけで、本当にありがとうございました。
この流れでいくと、これが最後の挨拶で終わってしまいそうな空気ですが(笑)、
一応、ちょびっとだけその後の生活の話を。
最近何をしてるかというと、案外普通でして、
平日の夜(当然バイトは休んでるんで)、
休みはほとんど実家で遺品整理をしております。
納骨までまだ日にちがあるので、現実的にやらないといけないことは
それくらい。
あとは、一部親関係やリアル友から手紙をちょこちょこいただいてたので
その返事書いたりとか、そういう応対ぐらい。
まだ全部終わってないけど![]()
それに、遺品整理が、業者に見積もったら、まさかの100万越えが数件、という
恐ろしい現実に呆然としてるんですが。
というわけで、それだけが難航の予感なんですが、
親関係の精神的ダメージ以外はほとんどないってかんじで、
案外すこやかだったりする。
客も関わらんでいいしな!(`∀´)
親闘病中は、比較的近場の病院でも頼まれごとのたびに
買出しとか荷物もって(意外なようですが、荷物めっちゃ増えます)移動とかしょっちゅうで、
最後の病院は、普通にいったら往復4時間、時間帯によっては
ヘタしたら5時間というところだったから、
(乗り継ぎダッシュ(しかし普通のダッシュでは絶対間に合わんような発車時刻
なのが腹立たしい!)が幸運にも間にあって、めっちゃうまくいったら往復3時間~半)
持ってかえったり持っていったりする荷物の量も半端なくて
その上、何より何度となく精神的にやられることが多いしで、
これがいつまで続くのか、と、先が見えなさ過ぎなんがしんどかったけど、
もうそれもおわってしまったし、終わってしまえばそういうしんどさはないからな…。
ただ、意外に淡々とかわらないかんじで過ごしてる中
(だってまだ全然現実感ないからさ。元々一人暮らしして離れて暮らしてるし、
まだ実家もあるから今も普通にそこに親がいるような感覚があって。)
最近、ちょっとまた号泣したことがあってねー。
プルーの中では、
親のおかげでこの世に生まれてんから、ありがたいとは思ってるけど、
決して尊敬まではしてなかった親、という認識の親子関係だったんですが
(そう思うに到る親子の歴史、確執、性格の違いがあったので)、
この前、遺品整理してるときに、
このあまり泣かないプルーが泣いてしまったんよね。
(笑いすぎて泣くのと悔し泣きはけっこう多い。笑いすぎて泣くって平和すぎやけどな(笑))
まぁ、詳しくはいえないんですが、
死んでからわかった親の性格、というかね。
プルーみたいに、
すぐさま、
この世で自分が一番大変なんです!!!ってアピールする人じゃなかったから。
こういうとこは、ほんま、自分でも終わってんな…って思うねんけど
、
しんどいときはしんどいねんからしんどいって言って何がわるいねん!
いーやんけ!とも思ってるんよな…
(まぁ、リアルではいわんので、ブログ限定やけど)
こういう、親みたいな、古きよき日本人らしい(?って50代でしたけど)、
プルーにはない美徳って、やっぱ【親】特有なんかもしれんな。
親になったことないプルーにはうまれえない感覚なのかもしれん。
ただ、生きてるときに言えよ(泣)、ってのはあったけどなぁ。
もっとアピールしといてくれたらいいのに、って思ったよなぁ…。
これも言わんかったらわからんよ、の一つなのかもしれん。
本人も、まさかそんなすぐ死ぬとか
そういうことがふりかかってくるとは思ってなかったから仕方ないんかもやけど…。
明日もあさっても当たり前の毎日がくると思ってるもんな…。
事故でも事件でも病気でも、そういう目にあった人もそう思ってたんやと思うしな。
最近そんなことあったプルーだって、
自分に関しては、明日もあさっても当たり前にくると思ってるし。
ほんまは何がどうなるかなんてわからんのにな…。
とはいっても、形だけ親でも鬼のような人間を親にもつ
かわいそうな子供もいっぱいおるから、
(最近のニュース関係の子供がかわいそうすぎる)
そんなんに比べれば、いろいろ確執あった親でも、
人間として、最後のとこで自分より立派な人やったってことは今回わかった。
感謝できる親に生まれてよかったと思います。
今は。
子供は親選べへんから、
上や普通をみたら、ほんま何もしてもらってないと思うけど、
(ブログでもいえんことはけっこうあるのです)
五体満足に産み育ててくれたことだけで、十分感謝すべきことなんやろうな。
世の中みてたら、普通以下なんかゴロゴロおるし、
それこそニュースみてたら、
鬼みたいな親に育てられてる子供も山ほどいるんやろうし…。
うちのきょうだいも、親の手術や余命の話で連絡したときも、
今さら会いにいっても意味がないって言って、最後まで会いにこなかったし、
今も連絡ないしね。
きょうだいと親の間にも確執があったんで、
まぁ、当時直後に海外に長期滞在を控えてたみたいやったから行ってたのかもやし、
今もむこうなんかもやけど、
そういわれても、それもわからんでもないかなってかんじで、
怒りの感情もわかんかったくらいやし。
もういい大人が今だにそう思ってるならそうなんやろなって。
うちはそういう家族関係だったんで。
こんだけ相手してた私より、見えない相手なだけに気になってたんであろう
きょうだいのことも、親はたまに口に出したりしてたので、
親にしたら子供やからやっぱり会いたかったんちゃうかな、って思うし、
まさか本当に最後まで会えずじまいのまま死ぬとは思ってなかったと思うけど、
当のきょうだい本人が、最後の最後でも会う気はないって言ってたとは
とても言えんくて、
海外いってるみたいで連絡つかへん、としか言えんかったのは、ちょっと辛かったけどな…。
昔は余りに理不尽なことが多すぎて、なんでこんな親のもとに生まれてきたんやろう、
と、こんな環境に生まれた自分を何年も呪ってたことあるけど、
(ちなみに、家にいるのが耐えられなくて夜逃げ同然で一人暮らし始めて、事後報告。
保証人も自分で用意したという経緯があるので。(今の家も保証人は親ではない))
自分が独立してしまえば、もう何にも隷属しなくていい、文句言わせないってかんじで、
その余裕がなんとか普通っぽい親子関係をなんとかつなげてきたわけやけど、
(一緒には暮らせない相性やったと思う)
親だって子供と同じ年やもんな。
子供が1歳なら、親だって、親としては1歳でしかないねんから、
子供が15歳なら、親だって15歳じゃん。
生んだときだって、親だってまだまだ20代で、それだって子供だし。
社会経験とかそうあるわけでもないし。
今思えば、
単に、子育てとか、子供への接し方がヘタな人ってだけやったんやろうなって思うけど、
(小さいときはいやな思い出ほとんどないからわりといい育てられ方してたと思うけど、
中学からはいい思い出はほとんどなし)
やっぱり子供は親選べないし、当時は力関係で親に屈服するしかないから、
そんな風に思えるわけなかったけど。
まぁ、今となっては、それもこれも薄い膜の中の思い出ってかんじで、
大人になって独立してからは、そういう歴史も決して忘れることはできないけど、
たまにしか会わないんやったら、と、そこそこうまくいく関係やった。
ほんまに、終わってしまえば、あっというまの歴史ってかんじ。
もう大人やし、プルーがあれこれ思いめぐらせんでも、親なりに
楽しいこともいっぱいしてきたと思うし、十分生きたとは思うけど、
やっぱりそんなきれいごとだけでもなくて、
最後ぐらい食べたいもの食べさせてあげたかったな、とか
せめて私がいるときに意識なくなってくれたら、とか
せめて、の部分がけっこうあったのが残念やけど。
あとは、入院中。
親が闘病中から、いろんな点で、自分がいかに冷たい人間だったか、
わかることが多くて。
親が管だらけのせいもあるけど、腎臓機能もおかされてたのか、
上半身はガリガリなのに、膝下の脚はパンパンにむくんでて、
当然立ったり動くこともできなかったんだけど、
同じフロアの患者さん(数年前親と同じ病気発病、今回再入院)が、
毎日親の病室に顔出してくれて、
マッサージしてくれたり、毎日鶴を折ってくれたりしてて。
そんな話を聞くまで、
実の娘やのに、プルーはそういうこと考えたこともなかったんよね…。
そりゃ、お参りとか祈祷とかはしてもらってたけど、
深刻な病気などしたことな健康な人間特有の鈍感さもさることながら、
人間としての、基本的な人を思いやる気持ちが全くなかった自分。
お参りしたからどうとかじゃなくて、そばにいて、親身になって接すること
そのほうがよっぽど大事なことなのにさ…。
でも、実際、見てて辛いだけじゃなく、人間がただ生きてるだけの
異様な亡骸になってる姿というのは、正直、おぞましさもあって、
その肌に触るのにも抵抗あったのかもしれない。
もちろん、ヘタに素人が寝たきりの病人に急に圧力加えて循環機能に刺激与えたらあかん
ってのもあったけど…。
結局、プルーが親の脚のマッサージしたのは、最後に顔を見た日の3日前に1度だけ。
さいごらへんは、術後傷が塞がらないとかで、管がささった下腹から
しょっちゅうシーツに腸液がもれてて、
なんともいえない匂い(何も食べてないので排泄物ではない)が部屋に充満してて、
それも辛かったり(匂いがというより、そんな中で生きてる親とか、そんな状態なんだ
というのが五感を通して実感してしまうので辛い)
最後らへんは個室になったんですが、
それまでであった同室の患者さんとか、ほんとにみんな優しかった。
病院とか、病気にもよるんかもやけど、プルーの親の場合は、最後は消化器外科と、
疾患的に長期入院、重症患者が多い(入院長い)ので余計そうなのかもやけど、
毎日親のために鶴おってくれてた人なんかは、病室が違うのに、
毎日病室まで顔だしてくれてマッサージしてくれたり、
親は天使みたいって言ってたし、
プルーが会ったときも、ほんまにそんな顔してはる人やった。
そら親よりはマシな状態やったからかもやけど、それだって
いずれ悪くなるいっぽうで、先の見通しなんてないし、自分も大変やのに、
他人のために毎日鶴を折ったりとかさ。
プルーが当事者なら、まず自分自分やったと思うもん。
本当にすごい人やと思う。
それにひきかえ、自分はいかに自分のしんどさにばかり目をむけてたのか…
人として小さいな、と本気で思ったりして。
生きるか死ぬかの病気を経験したことない健康な人間には
生と死のはざまで闘ってる人の苦痛や心なんかわからんのが普通かな、と思うんで、
それはそれで仕方ないな、とも思うねんけどね。
あと、これ言うとこすいかもやけど、手紙くれたりする子もいれば
+香典まで包んでくれた子もいてさ。
プルーなんかはいまだ未婚やから、
自分のせいとはわかってるけど、人に結婚祝い渡してきてばっかりやから、
出産祝い(仲間内では子がいるのは一人だけですが)までは
ほんまに仲いい子にしか渡してなかったんやけど、
その子からいただいて。
たいていもうみんな結婚してるから、ろくに会ってない友達やけど、
メールだけでも十分ありがたいけど、
わざわざ手紙くれたりする子もいたり。
メール返事してなかったら電話くれた子もいて(笑)
(関係ないけど、さすがB型と思った(笑))
さすがに私として、まだ話す気にはなれんから、メールで返信してしまったけど。
(さすがにいつもどおりの冗談まじりのさっくりした会話って気にはならんしな…)
ほんまに、優しい人がいっぱいいることがわかったできごとでした。
いろんな意味で、親の死は、普通に生きてたらわからんかったことを
いっぱい知ることができたな、と。
漫然と生きてきたつもりではないと思ってたけど、やっぱり自分はまだまだ
ぬるい世界で生きてたんやなって思ったり。
ぬるいほうが本人的にはいいんやろうけど(笑)、
ぬるい世界で生きてる人って、
人の気持ちに鈍感な部分はあるかなって思ったりもするんでね。
健康な自分が今回病院に関わった経験含め。
めるい世界で生きてる人って自覚ないから、
下々の世界がわからんっていうか、ちょっと浮世離れしてる人とかいるやん。
たとえばやけど、
うちの親は非常に特殊な病気のために(臨床数少なすぎ)、
初めは悪性の卵巣腫瘍と診断されてたんですが、
(結果的には同じくらいの予後でしたが)
当然、当初は婦人科なので、
病室は、出産関係の人なんかも、入れ替わり立ち代り
入ってくるわけですよ。
病室にあきがあればいいんだけど、基本的に病院はたいてい病室は足りない状態なので、
きっちりとわけてられるわけにはいかないらしく。
なんか、のんきに幸せな人と一緒にいると、余計辛いと思うんよね。
うちの親の場合は、子宮筋腫の人とか多かったんだけど、
それでもやっぱり手術したらすぐ退院していってしまうわけで。
親の病気が発覚してから、それこそそういう関係のブログやホムペを読みまくり、
今回転院できた病院も実は病院の紹介ではなく、
プルーが独自に探してホムペから探しだして連絡とってセカンドオピニオン外来いって
と段取りとって無事転院できたわけですが、
その経緯も、もっと早くこの病院を見つけて段取りつけとけば、
そもそも最初の病院の医師が早く専門病院に紹介しとけば、とか
いろんな意味で後悔の念があるんやけど
(いきなりすぐ手術してっていっても基本、先まで予約いっぱいやから数ヶ月先やし、
場合によってはベッドが空いてないからって断られるのも多いらしい。
そもそも親と同室の親と同じ病気の人(最後の病院はその病気の日本唯一の専門医師だったので)は
初めにかかった病院が紹介してくれた(!)とのことらしい)
その間、闘病ブログや看護師ブログなんかも相当見てたんだけど
(今も時々見てますが)
大腸がんで闘病中だった強気な既婚キャリアウーマンさん
(強気なだけに、こんな病気で頑張ってる主に
心ないコメント入れる奴(しかもこういう奴は絶対アドレスださない)とかいて、
本気でおまえが氏ねとか思った)
は、すっごく頑張ってたのに、どんどん衰えていくさまが目に浮かぶように、
記事がかわってきてて、最後は旦那さんのコメントで
亡くなりました、って記事になってたり、
無事、手術が成功して、再発におびえながらもなんとか今生きてる
悪性腫瘍と闘ってる(放射線とか治療してる)30代独身女性のブログとか
仲のよい家族に応援されながら、スキンヘッド(化学治療)で
明るくめっちゃ元気なママさんのブログなど、
それこそたくさん目にしましたが、
応援してくれる人がいるのは病気でも心強いよな、と思ったけど、
中でも、悪性腫瘍と闘う30代の独身女性は、
けっこうきれいごとじゃなくてストレートに毒はいてる方で(笑)、
プルーの好みにぴったりで(笑)。
あ、この人はあいそう、とかあるじゃないですか。
プルーも少々の綺麗ごとは言ってるので、少しならいいけど、
ほんまに頭に虫わいてんのかってくらい、幸せに生きてきてる人、
それに気付いてさえいない人、綺麗ごとばっかり言ってる人が大嫌いなんで、
所詮幸せな奴が、たいしたことないことで毒は吐いてると、
おまえレベルがなめたこといってんじゃねーよ!
と思ったりするんだけど、
闘病がベースだと、そうそう、そうやよなー!
とちょっとだけ(ゆうても当人の辛さはわからんからね…)共感できて、
今でもちょこちょこ読んでるんですが、
数ヶ月前の記事。
心の悪魔と日々戦う私だけど
今日気付いた私の発火点
キーワードは帝王切開
私の病気の事を何故か知っている親しくもない女性が訳知り顔で言う
(なんであんたが知ってんだ?)
「私も出産の時は帝王切開だったからお腹切るのしんどいの分かるわ
しばらくは、辛いのよねえ」
今までにこのセリフ何人に言われただろう
はっきり言ってそのセリフ
殺意わきますが
あんた本気で殴ってもいいですか?
心の中では火山爆発してるけど
あえて何も言いません
話したくもないんです
今日も言われたんだけど
帝王切開で腹切るのと同じ痛みにしないで
子供を出産する痛みは幸せの痛みじゃないんですか?
痛いのは体だけでしょ?
心は幸せの絶頂でしょ?
子供を産めなくするガンの手術と出産の為の手術を一緒にするって
無神経じゃないんですか?
何も考えずに人と会話するなら
いっそ黙ってればいいのに
私は今でも自分の子供が欲しい。無理だけど
きっと、100%愛して慈しんで育てたと思う
でも子宮も卵巣もないからね
そんなことできるわけないでしょ
時間をかけて諦める努力をしてるから
訳知り顔の中途半端な同情は
まじでうざい
人と話すのってうざい
あんな人だいっきらいだ
今日は悪魔の大勝利
心がしぼむ
斎藤ひとりの本とヒーちゃんが
心の栄養剤です
気持ちのアップダウンが激しいから
体が辛いです
誰にも言いたくないこと
愚痴らせてください
また別の記事(この方は、たまにしか更新してません)
どいつもこいつも連休で浮かれやがって
と意地悪い事言ってたら
連休の間ずっと体調悪くて
寝てました
結局仕事できなかったので
ある意味
シルバーウィークでした
不思議なモンで
連休終わる頃に
体調は回復
意地悪い事ばっかり
考えてるから
罰が当たったんだ、きっと
義妹は10月6日が出産予定
せり出したお腹をかかえて
苦しそう
彼女の病院の送り迎えで産婦人科へ行くんだけど
他人の妊婦を見ても
心の中の悪魔は
囁かなくなったなぁ
半年前は
妊婦とか生理痛とか聞くだけで
ものすごく拒絶反応がでてたのに
知り合いのおっちゃん夫婦に
「あんたは、もう子供できんなら嫁には行かれへんなぁ」と
しみじみ言われて
プチンと切れたり
友達の友達の
無神経な女に
出産の苦しみに比べたら
子供なんて居ない方が幸せかもよ
と言われて
カッチーンときたりした時より
心が強くなったというか
現実を受け入れられるようになったのかなぁ
人間は強いなぁ
私は強くなったなぁ
勝手に抜粋しちゃって申し訳ないんだけど、
個人的にすごく共感できて。
人間ってさ、ほんとエゴイストだって思うの。
たまにはマリアみたいな人もいると思うし、それも否定しないけど、
凡人はほんとエゴイストだよ。
自分の基準でしかモノを考えてないもん。
プルーだって、おいしいからって牛殺してもらってお肉食べてるもん。
命を恵んでもらって食べてるにしても、
肉をそいだり汚い作業は金で見ないようにして食べてるんだもんな。
プルーはさ、人間、別にね、他人のために生きてるわけじゃないから、
エゴイストで悪いっていうんじゃなくて、普通だと思うんだよ。
自分が心地よく生きたいって人間として、もしかしたら生物として当たり前の欲求だし。
歴史見ててもそうだよな。
自分以外のものを蹴落としてよりよくしようとするもんなのかも。
でも、普通は普通でしかない。
ただの凡。
普通に感動も何もないもんな。
あ、感動ってそんな大げさなことでなくて、ちょっとしたことでも感動だからね。
この記事読んでても、せつなくてさ。
心ない人、その自覚すらない人ってほんといるんだなって思って。
もちろん、病人本人が一番辛いから、
主からしたら、しょせん健康な私に何を共感?
あんたに何がわかるって思われると思うんだろうけど、
今回親がこんなことになって、以前なら
プルーはきっと心ない側の人間だったんだろうな、
と思ったんで。
ほんと、こういうことって経験したものにしかわからないかなと思うんですが。
経験してても、状況とかでもまた全然違うかもだし。
それでも、親の病室の件でもそうだけどさ、
そういうとこ、もっと、なんとかならないのかな、と思ったもので。
普通に生活してても、言葉ってほんと大事だと思うんよね。
言い方一つで全然違うじゃん。
これ、プルーの中では、1、2を争うくらいの真理だと思ってて(笑)。
余談だけど、
道なかですれ違うときでもさ、歩行者のマナーの悪さが常に目につくプルーなんですが
(逆にチャリのマナーの悪さも言われてますが)
言い方ってあるやろ?っていつも思うわけ。
警察までいって大喧嘩になったクソジジイとかいまだに忘れへんけど、
ほんまにさー、
なんでおまえなんかにいきなり怒鳴られなきゃなんないの?
って思うわけ。
こっちがヤクザやチンピラみたいな男だったら、絶対言わないんだよ、
そういう奴らって。
女子供だと思うから上から言う、うわっつらの正義感もってる小心者の偽善者。
(この経緯は別の記事で書いたので割愛)
これが赤の他人の大の大人に対する態度かと、ほんまに無礼すぎる。
こっちは何も悪いことしてない自信があるから、
女と思って安易に怒鳴りつけたりすると警察でゴタゴタになるぞってこと
教えたるために、堂々と警察いってやったけど、
道ふさいどったら、すいません、とおまえが一言いえば
こっちもすみませ~ん、ですんだ話。
ほんまに、なんでも言い方一つなんよな。
下しか見てないのろくさい歩行者ババアが、対抗のプルーのチャリに
全然気付かんぽいから、対面からリンリン鳴らしてやったら
やっと気付いて、危なっ!とか言われたりさ。
危ないのは、前みてないおまえやろ、ボケ!って思ったし!
ほんまろくに前も見てへんとかお前アホちゃうかって思うんですが。
そんなんもいれば、狭い道で、先方に譲るために止まって待ってたら、
すみません~っていうチャリの主婦二人連れとか、
そういうのは清々しいよな。
ほんま、言葉一つが人に与える影響ってけっこうあると思う。
ていうか!
通路のことレベルなんか、お互い様やろ!って思うんですが。
なので、こういうとこでいきなり怒鳴る奴とか言語道断で許せへん。
いまだに根に持ってますけどね!
話しそれかけたし!
というわけで、凡もときには人を傷つけている、ということを知りまして。
そんなことに今ごろ気付いたり、まだまだ未熟なプルーやけど、
そういう思いやりも忘れない人間になりたいと思いました。
さて。
長くなりましたが、新たにブログ始めますので、このブログはこの記事で終了です。
こんな言いたい放題なわたくしプルーのブログに長らくお付き合いいただいた方、
こっそり見ていただいていた方、本当に有難うございました。
この場を借りて、厚く、深く御礼申し上げます
m(_ _ )m
