宮城県石巻の現状
東日本太平洋沖地震の被害に遭われた
皆様におかれましては、心よりお見舞い申し上げると共に
他県、他国より駆けつけ救援活動をされてる関係者の方々には本当に感謝しており
一日も早い復旧をお祈り申し上げます。
こんにちは、飼育員です
宮城県石巻市におります友人よりいただいたメールをそのまま掲載致します
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>現状を報告します。
命だけは無事でした。家族全員無事で、知人宅に身を寄せさせて頂いてます。
>●5~6メートルの津波だったことは間違いない!
>我が家はかろうじて残ってたけど中はメチャクチャで、水のあとは2階住まいの天井近くまで上がってた!
>隣タコ屋さんのならび3~4件は全て跡形も無く、さら地に…
>●国道398は、湊から渡波まで、どこが道路だったのかすら分からない程、家や車のガラクタで山に…
>●ヨークの中や鹿妻県営、湊、渡波のあちらこちらに溺死の遺体…
>●何処をみても家や車のガラクタの山、残った家の屋根の上に車が逆さに乗ってる光景があちこちに、裏道などはほぼガラクタや車が重なり合い通れず、残った道路は泥だらけで道の境が分からない…
>●営業可能な店はむごくも皆無で、皆が食べ物や飲み物を探し求めて、徒歩で泥まみれになりあっちこっちをあさり回っている…自分も昨日は午前午後の合計で5時間は歩き回った…ほとんどの人が車を失った為、皆が徒歩…元々国道があっただろう泥道を、袋やリュックを背負いながら皆が歩く光景は、正に戦後の日本の映像を目の当たりにしているよう…
>●4日たった未だ、十分な物資援助は無く、道路整備など重機の搬入などは皆無…先行きの見通しは全く見えない…
>●ライフライン、水、電気、ガス、携帯電波、全て皆無で、道路も車で行き来出来ない為、正に無法地帯…
>●命を繋ぐのも困難になっている人も多く、治安が非常に悪い……ちょっと目を離したスキに飲み物は奪われる、夜道は絶対一人では歩けない…
>●伴侶を失い、子供を失い、気違いになってる人も多い…
>●魚町、湊、鹿妻、渡波、補修可能で住める家はほとんど無し…
> 門脇、南浜町は全て壊滅で、家は全て流されタンボのようなさら地に…
> 水明水押から中里までのバイパス周辺、蛇田地区も、ほぼ浸水…
> 矢本地域は、50%が浸水…
>牡鹿、女川は、十何メートルの津波で壊滅崩壊、ほぼさら地に…
>●牡鹿半島の何ヶ所かの海岸で、合わせて千人以上の遺体が上がった…
>●石巻の人口の7割以上が現在避難所生活、ラジオでも報道あり…
>●気仙沼、志津川地区をラジオで多く報道するが、石巻地区の調査が連絡通路の確保の問題からか難行してる模様…
>※前代未聞の非常事態、救援物資、復興作業の着工が急務です。
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治安が悪化してるとのことですが
被災者の1人が取材に応えて発していた言葉が
とても胸に響きました
「大変なのは皆同じ
人に笑われるようなことはして欲しくない
こんな時だからこそ
誇り高い日本人であって欲しい 」
この災害が人災になりませんことを
切に祈ります
東日本大災害
3月11日に東北地方太平洋沖地震と津波が発生し、
日本各地に甚大な被害がもたらされており
被災地にお住まいの皆さまにお見舞い申し上げますと共に
お亡くなりになられた方々の冥福を心よりお祈りいたします
ご無沙汰しています
飼育員です
東日本大震災において
私の実家が宮城県仙台市ということで
多くの方にご心配頂きましたので
この場をお借りしまして 私の仙台在中の家族及び
少しずつ入ります現地の知り得る情報をお伝えしたく思います
まず家族の安否ですが
現在みんな命があり身体は無事とのことです
沢山の同郷の方が命を落とされたり
未だに安否も行方も不明という中
もろ手を挙げて喜べる状態ではないのですが
正直安心しました
我が家は仙台市宮城野区にあります
仙台新港付近は地元であり
地震により変わり果てた様には涙が出ます
実家は津波の影響はないようですが
とても家に入ることは出来ない状態とのこと
兄の会社は仙台新港やキリンビール工場のすぐ傍で
津波の被害に遭ったようです
上の写真はテレビでも何度も放映された仙台空港
波にのまれた信じられない光景
この写真も何度もテレビで見た光景
仙台と石巻間を結ぶ JR仙石線
途中 松島海岸などでは
それはそれは美しい景色を見ることができた電車
飼育員は高校以降の5年間をこの電車で通学しました
こんな姿を見る日を誰が想像したでしょう
地元の子が撮ったという産業道路の画像
産業道路は仙台~仙台新港~多賀城~塩釜へと続く
大きな道路です
仙台新港付近は万博が行われたり
宮城夢メッセ、三井アウトレットモールなどの
巨大な建物がありましたが
アウトレットは壊滅したとの情報があり信じられません
新港より少し手前にあります高砂中学校が母校で
毎日この産業道路を通って通学してました
学校の目の前は七北川がありましたが
海水がこの七北川をもの凄い勢いで逆流する光景は
怖いを通り越すものだったそうです
友人は「現実のこととは思えない映画を見てるみたい」
とだけで多くは語りません
「昨日(13日)やっと会社の建物から脱出できた」
と連絡をくれた友達もいました
安全、平和なところにいる私がいくら心配をしても
ニュースではどんどん増える被害状況
ここにはこんなに食べる物も飲み物も暖もあるのに・・・
駆けつけるすべもなく
変わり果てた故郷の映像を見るたびに胸が締め付けられます
どうか被災した地域の皆さんに少しでもいいので
力を貸してください








