東京に出てきてから今まで色んなアルバイトをした。

 

 居酒屋、中華料理屋、フレンチレストラン、カフェ、バー、宅配便、警備員、清掃員、ラーメン屋、内装屋、解体屋、服屋、引っ越し屋、自転車屋、ピザ屋、酒屋、おもちゃ屋、交通量調査、ポスティング、テレアポ、メールオペレーター、イベントスタッフ、家庭教師、工場で軽作業、杉並区の巡回パトロール、ウィークリーマンションの管理人、ショッピングサイトへの出店を依頼する営業、ミュージックビデオのエキストラ、ハイブランドのファッションショーの招待状の汚れ取り、海の家、アイドルのチェキスタッフ、などなどまだまだ挙げたらきりがないほど本当に色々やった。

 色々やった、とさも売れた芸人が昔の食べられなかった時代を振り返って話すような感じで過去形で書いてしまったが、僕は今でも毎日がっつりアルバイトをして生活している。言葉のあやとは言え、売れていない芸人が売れてアルバイトを卒業した芸人のように書いてしまって恥ずかしい。

 さっきの文章を正しく書き直すと、僕は東京に出てきてから今まで色んなアルバイトをさせてもらってきたし、42歳になった今でもありがたいことに毎日アルバイトをさせていただいている、となる。僕は20年以上泥水をすすりすぎたせいで、今ではもう泥水をすすらせてもらえるだけありがたいと思うようになった。

 この思考回路はもはや仏の域に達してきたのではないかと自分でも恐ろしくなる時がある。仏とはさすがに言いすぎたが、少なくとも僕はこの東京というコンクリートジャングルを生き抜くためにアルバイトという小さな獲物を狩ってなんとか日々生き伸びてきたので、今となってはどんなアルバイトでも働かせてもらえるだけでありがたいと素直に感謝できる人間になったのは事実である。

 

 色んなアルバイトをしてきた中で一番印象に残っているのは10年ほど前に単発でやったビルの警備員のアルバイトだ。業務はビル内の夜間警備で、各フロアのドアの鍵を締めてまわるだけという誰にでもできる単純な仕事だった。ビルは6階建てでA棟、B棟の2棟あり、各フロアにドアが6つあるということで鍵を72本渡された。

 

 72本。僕は目を疑った。確かにビル2棟全てのドアの数を合わせると72になるのだが、72本の鍵は多すぎると思った。絶対に途中でどれがどのドアの鍵なのかわからなくなる。

 

 僕は思わず「マスターキーとかないんですか?」と社員の警備員に尋ねた。すると彼は「各フロアごとにマスターキーがあるからマスターキーは全部で12本ある」と言った。そして続けて「A棟B棟のビルそれぞれにビル内の全てのドアを開けることができるグランドマスターキーという物もある」と言ってきた。

 僕はそれを聞いて「じゃ、その鍵2本あれば済むじゃないですか」と言おうとするやいなや、彼は僕をさえぎって「実は、A棟B棟の両方のビルをつかさどる、全てのドアを開けることができるグレートグランドマスターキーという物もあると言われている」と、まるで伝説の語り部のようなことを言ってきた。僕は声にならない声で「つかさどるってなんやねん」とつぶやいた。

 

 結局アルバイトにはグレートグランドマスターキーもグランドマスターキーもマスターキーも渡すことはできないと言われて、僕は72本の鍵にまみれながら深夜のビルを一人でさまよった。作業しながら僕は、これは自分の人生と同じだなと思った。僕は人生の扉を次々と開けていけるような魔法の鍵は何も持っていない。1つ1つ扉を開けていくことしか僕にはできない。僕は今何番目の扉まで開けることができたんだろうか。そしてこの先、僕の前に立ちはだかる扉は一体いくつ現れるのだろうか。そんなことを考えていたら、せっかくどこまで使ったか数えながら72本の鍵を持っていたのに、どこまで使ったのかすっかり忘れてしまった。

 

 先日、浅草にある夢屋というカレー屋を訪れた。僕は夢屋という名前には馴染みがあった。昔、下北沢にカレー食堂ゆめやといういわゆる家カレーを提供している店があり、よく通っていた。ゆめやは15年前に下北沢から移転してしまったのだが、その移転先はニューヨークだった。僕はニューヨークに移転すると聞いた時、ゆめやが夢を叶えたと思ったが、今思えばゆめやもまだ夢の扉を1つ開けただけだったのかも知れない。

 

 夢屋という名前のカレー屋にまた出逢うことができて嬉しい。