あの子が他界してからは、寺院にお参りする回数が増えた。
亡くなった後の世界を否定していないこと。それが私にはどれだけ救いになったことか。どうやらお釈迦さまは死後の事は特に言及していなかったらしいが、それはそれで別にいい。

先日行ったお寺で、観音経のお経本をいただいてきた。観音経はあまり馴染みもなく、「何度か聞かせていただいたことがあります」程度でしかなかったため、今ひとつ読み方も不安な上、慌ただしい日も続いていたこともあり、暫くそのままになっていた。が、本日やっと落ち着いて向き合える時間ができた。しかも家には誰も居ない。声に出すのは、家族とはいえどうも小っ恥ずかしいもので、毎朝の般若心経もしょぼしょぼ呟いている程である。早速スマホ検索し、YouTubeで僧侶の方が読まれている観音経に合わせて声に出してみた。なんかいい感じ。しかも気付かなかったがこの経本には般若心経もある。今朝まで使っていた「ご自由にお取りください」とあった一枚紙のものを読んでいたのとは気分が違う。人間、やはり道具に左右されるのか?はやく解脱したい。