昔は 親がだいっ嫌いだったんです。
それはね、 幼少期から何度も掛けられた のろいの言葉があって、
その のろいの言葉通りに親のために生きることの出来ない自分に、大きな罪悪感も持ってて、親の前で自分をめーいっぱいにして生きることが出来なかったのです。
それは、
「いつか お前が家をつぐんだよ~」
と言う一言。
私の家は商売をしていて、本当に両親とも忙しかった。
忙しすぎて 私たちはいつも学校から帰ると、お店の奥にある茶の間で二人で過ごしていた。
とにかく夕方は一番忙しかったので、晩御飯の時間も遅くなるのが当たり前。おやつでお腹いっぱいにしたり、即席ラーメンや即席カレーでしのぎ食べも多かった。
商売をしていて友達にバカにされることやいじめられることがめーいっぱいあったんだけど、それを親に言えなくって、とてもつらい小学生時代をすごしたんです。
かなり淋しかった。
だから 親に言われても 素直に 「うん」って言えない自分がいて、逃げたかった。
家なんて継ぐの 絶対にいや。
私は絶対に 子供がバカにされてつらくなる仕事にはつかない。
忙しくって 子育てもままならないほど 大変な仕事はしない。
そして 家がお店は絶対にイヤ。
サラリーマンと結婚して 普通の家庭がいい。
ずっと思い続けていました。
北海道に来たのは、親から逃げたかったからではないけど、
この地がとても気に入ったので当分住んでみようと思った。
でも、引越し、結婚、家、いつもターニングポイントに思い出すこの言葉。
「家つぐんだよ~」
親が本気で言っていたのか、 冗談半分だったのかは、分からない。
でも子供だった私には、重くて仕方なかった言葉だった。
親に、
もうこんなに遠くに住んじゃったからムリだ。
もうこんなに遠いところで結婚しちゃったからムリだ。
もうこんな遠いところで家まで建てちゃったからムリだ。
と、 諦めてもらいたかった。
そんなことを何年も思ってきたのだけれど、
この数回は 帰省の際に 父と話をしたとき
「家継げなくごめんね~」 って すんなり言える私がいた。
3年ほど前から あまりにも生き難いので インナーチャイルドや感情の解放作業をしているのだけれど、 この重かった傷は ちょっと癒されてきたのかな~と。
両親がお店をやめたことも大きい。
数年前、 両親ともだいぶ年をとり、お店も道路拡張とともに閉店。
店のある母屋はなくなり、家も新しく立て替えた。
「父も母も頑張ったよ。」
「もう、ゆっくり自分の好きなコトして過ごしていいんだよ。」
「忙しかったのに私たちの事一生懸命育ててくれてありがとう。」
帰省するたび、いっぱいいっぱい 出来るだけの言葉を掛けてきた。
父は、 生きがいだった仕事がなくなり、 最初の頃はだいぶ肩を落としていた。
体調も上がったり下がったり。
でも、この間帰省した時は とても明るい顔になっていて、
この話になった時に昔のいろんな思いを伝えてくれた。
「あの頃は本当に忙しくって、 夕方なんて子供達の世話なんてままならなくって、1歳くらいの頃玄関先で疲れて寝てしまっているおまえに気けないとき、お客さんが 蚊に刺されちゃうから・・・ってタオルケットを掛けてくれたりして、たくさんお客さんたちに助けてもらいながら仕事をしていたんだよ。」
「もっと子供の事見てやりたかったんだけどね~」
「子供達には悪かったけどね~」
「いそがしかったんだよ~」
とつぶやいていた。
子供が大好きな父。
自分の子供の面倒もままならなかった事が今でも自分で後悔しているということが伝わった。
だから わたしは
「忙しかったならしょうがないよ」
「でもこうして今成長して孫も出来て私も妹も元気にいるんだから、そうだったけどでももうちゃんと育ったわけだし、それはもういいんじゃない?」
といってみた。
お父ちゃんの気持ちがちょっと晴れてくれてたらいいな。
そんな父も小学生の頃は 仕事の合間にいろいろな場所に私たちを連れて行ってくれて、それ今でも本当にいい思い出。
だから 全然子供にかまえなかったことはないんです。
70年代の 世の中の忙しさはハンパなかったことは
テレビでしかしならないけど、きっとほんとに忙しかったんだろうな~。
そんな生活 私はいやだけどね![]()
我慢してお店を継ぐ 言いなり娘にならないで良かったと。
その反抗心のお陰で 今のゆる~いニセコ暮らしがあるんだなぁということ。
そこには感謝だ。ありがたいと思う。
そしてもうひとつ。
毎回繰り広げられる、両親と私たち娘2匹との いがみ合いバトル。
実家に帰ると絶対にこのいがみ合いバトルに巻き込まれる。
なんであの母ちゃんはあんななんだよ
とか、
どうしてそういうことするんだよ
とか、
いつもイライラばかり。
イヤ~な気分をたくさん味わっていた。
それが今回は、 全くではないけど イラットスイッチが入っても
あの人はあーいう人だから~
相変わらず強烈な事言ってるね~
この人があんなこと言っちゃうから周りの人もいがんじゃうんだよ~
うちの2歳のジャイアン(最近のいっつ)と言ってるレベル一緒だな~
え、ってことは、2歳のまま![]()
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まじか~![]()
そんな事で こんな40過ぎても あたしこの人に巻き込まれて親子喧嘩を今までしてきたのか・・・![]()
と、 思った。
今回は、冷静にちょっと外側から 親の言動を見ることが出来た。
今までは 一緒になって いがみ合いに熱く燃えていたのに、
今回は強烈トークを投げかけられても ふ~んそうなんだ~、で?って 部外者気分で言葉を返している自分![]()
わたし ちょっと大人心になったかも~~~![]()
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そして冷静に 対処できるじゃん~![]()
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年を取ると 人は子供に返るといわれるが、
母は 傍若無人さがパワーアップ![]()
よくもまぁ、こんな風に生きれちゃうことができるの??
ある意味拍手だわ~
と思いました。
笑えちゃうくらいの根性の悪さは目立ちましたが、 ホント笑えただけ。
以前の私ならその性格に、ドーしてそんな悪いんだ!!と怒っていたなあと。
のめりこまないでいい線が出来ていました。
といいながらも 円満で過ごせたわけではありません。
私のイラっとポイントを発見![]()
あたしが、お小遣いを 「子供達がお手伝いするたんびにあげないで~」っていった時、「分かった」 と私には言っておきながら、
後で こっそりあげていたときはかなり イラっとしました。。。
母の 自分がしたいことを止められた時、その場では相手に合わせてうんうん分かったよ~と調子よく言ってても、こっそり必ずやるところ。
嫌だ~そういうのって。
そこにはムカッとした気分が出た。
ということは、自分でそういうことをすることが許せていないという事。
まだ許せませんが いつか微笑ましく見れる自分になりたいです。
その一件以外、滞在中は 嬉しい瞬間ばかりが多かったな~と![]()
微笑ましい父と強烈キャラの母だけど、両親なりのやり方でいっぱい愛情をくれている。
それが私の欲しい方法でないだけ。
二人ともとっても娘たちの事と孫の事を考えてくれていて、
たくさん美味しし物を作ってくれて 食べさせてくれて、
いっぱいいっぱい愛情を貰ってきました。
普段自分が子供達にやっていることが、
自分も子供の頃にしてもらっていたなぁ~と言う事をたくさん思い出した。
今はこうして自分が親のところにいかないともらえないものも
たくさん貰ってきた。
幼少期、父も母も忙しかったし手間を掛けてはくれなかったことは多かったけど、愛情はいっぱいくれたし、お金もたくさん掛けてくれた。
それはしっかり受け取れているなぁと思える私がいた。
両親はこの先 ずっと長くはない。
私たちや孫達よりは先に 空に帰っていく。
今の私が出来ることを精一杯してあげたい。
あんなにイヤだった家が、 初めて愛おしく感じた帰省でした。
























