二十年後の神戸の震災の日

その時間は こちらは雨だった。



あれから 二十年
あっと言う間の二十年。
どこで 住んでもあの日は 忘れる事が出来ない。


埼玉の社宅で 阪神の震災を知った朝。
ニュースの画面に釘付けになった。

数年前まで住んでいた 街が火の海!

あちこちで 煙が上がり ビルが倒壊している。

高速道路は横倒しになり 途中で分断している。


私たちは 数日後 知人を訪ね神戸の街へ。
母とおば は西宮の親戚の家に お水を持って訪ねた。


私たちは 空襲の後の様な神戸の街で バスを待っている時
「 そんな 小さな子供つれて 行けへんで!
危ないで!」と 見ず知らずのの男の人に怒られるた。

たしかに  倒壊直前のビルを見上げると 今にも 氷柱の状態になった 窓ガラスが落ちて来ようと している。


知人には会えたが ご家族は亡くなっていた。



私たちは 転勤族だった。

あのまま 神戸の会社に行き 住み続けていたら
紛れもなく被災していただろう。



何か


何か 分からないが 大きな力が 働いているように思う…。

東京に転勤になってからも それは続き
夫は地下鉄サリン事件からも 免れ 守られた。

同じ電車 地下鉄に乗り続けていたら 間違いなく
事件に巻き込まれていた。



震災の日


今日一日だけでも 阪神 淡路で被災した方々の事を思って下さい。