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ベルナルド・アチャガ著

 

 

 

 

カリフォルニアで死んだ幼なじみが書いていた「アコーディオン弾きの息子」と題された私家版の回想録。親友はどんな思いで故郷バスクを去ったのか。作家は遺された言葉を元に、少年時代からの二人の物語を紡ぐ。スペイン内戦から民族解放運動まで、波乱の近現代史を描き、美食だけではないバスクの真の姿を伝える長篇小説。

スペインはバスク地方出身のベルナルド・アチャガの手になる、バスク語によって書かれた小説である。手元の資料によれば、1951年生まれの著者は、話者数が百万人にも満たない母語で創作をしながら世界的な高評を博している稀有な作家だ。浅学非才の私はアチャガという作家はおろか、バスク地方についてもほとんどなにも知らなかった。ネットで検索にかけてみると、予測変換のトップには「バスクチーズケーキ」と出てくるので、おそらく読者諸賢にもあまり馴染みのない土地柄なのではないかと思う。ざっくり言えば、バスク地方とはスペインとフランスにまたがる、歴史的にバスク人が暮らしている地域のことを指す。そこでは文化も言語も独自の発展を遂げ(もしくは停滞し)、バスクの人々は前世紀においても国境に縛られることなく両国を自由に行き来していた。今作の舞台となっているのは、著者の故国でもあるスペイン側のバスク地方、オババという名の架空の山村である。
 1999年、ダビの墓碑のまえに友人のヨシェバが立っている。場所はカリフォルニア。墓所はダビが伯父から受け継いだ心地よい牧場のなかにある。故人が生前に書き記した墓碑銘は三カ国語で彫られている。英語、スペイン語、そしてバスク語だ。「この牧場で過ごした日々ほど楽園に近づいたことはなかった」スペインからアメリカへやってきたヨシェバは、ダビの未亡人から亡き夫が書いた回想録を託される。作家のヨシェバはスペインへ帰国したあとで、この回想録を小説に仕立てる。私たちが読むのは、そう、親友のダビを主人公にしたヨシェバの小説なのだ。
 1964年、十五歳のダビは故郷のオババでなに不自由なく暮らしていた。幼馴染みのヨシェバを含むまわりの友達は、在郷の名士たちの子息令嬢ばかり。貧しい農村とは明らかに一線を画した社会に属しているものの、人情に厚い「幸福な農夫たち」は屈託がなく、なにより誰もがバスク人という絆で結ばれている。アコーディオン奏者として名を馳せている父親のおかげで、ダビ自身もかなりの音楽的才能の持ち主だ。教会でオルガンを弾き、祭りではアコーディオンを弾く。親友の農民たちといっしょに野山を駆け、憧れの女の子に胸をときめかせる日々。しかし、牧歌的だった少年時代に突如として亀裂が走る。二十五年前のスペイン内戦のときに、村で起こった虐殺にどうやら父親が関わっているらしいと気づいてしまうのだ。そこからダビの目は少しずつ真実に向けて開かれていく。誰もが知っているのに自分だけ知らない事実がある。アコーディオン弾きの父親は民族の裏切者かもしれない。大好きな仲間たちの親を、自分の父親が殺したかもしれない……。
 良い小説は往々にしてひとつのメッセージを反復する。この作品のなかで、それはときに流行歌というかたちをとり、ときに病気に罹った女友達が引用するヘッセの小説の一節に託される。「なぜ、幸せになるために必要なすべては、私から遠く離れてあるのだろう?」そのような単純な問いと気づきの繰り返しが収斂していくのは、けっきょくのところ、幸せとはなんなのかという根源的にして永劫不変のテーマなのだ。アコーディオン弾きの父親に対する反発から苛烈な民族闘争へと身を投じ、大きな代償を払ったダビだからこそ、死の間際に訪れた気づきを回想録というかたちで書き残さずにはいられなかった。彼の心を端的に言い表しているのが、たぶん、あの墓碑銘なのだ。
 アメリカの牧場は故郷の代替品にすぎないのかもしれない。だけど、そこには愛する妻と娘たちとの満ち足りた単純な生活、つまりダビにとって「幸せになるために必要なすべて」があった。無理解な父親との和解は、さらりと書かれているにすぎない。そのことに物足りなさを覚える読者もいるかもしれない。だけど、忘れてはいけない。この作品はダビの回想録を元に、彼の親友のヨシェバが創作した小説なのだ。ダビ自身はもちろん父親との確執にもっと紙幅を割きたかった(と思われる)。けれど、ヨシェバの関心事はもっと別のところにある。ダビとともに駆け抜けた過激派組織時代の後悔を彼もまた彼なりに総括し、小説というかたちで告白し、そして許される必要があったのだ。
 単純な真実ほど、幾多の困難と挫折と苦痛を舐めたあとでしか気づけない。「人生こそがもっとも素晴らしいもの」という真実を、ダビとヨシェバはようやく理解した。この物語をとおして、私たちもまた彼らが掴み取ったものに触れる。誰もが真に大切なものに気づかされるだろう。

東山彰良書評より

 

「アコーディオン弾きの息子」に出てくるバスク


ザビエル イエズス会の創設メンバーの1人。バスク人。

日本人 ジャック白井と国際旅団 - スペイン内戦を戦った日本人からヒントで 日本人がバスク独立運動に参加

ベレー帽

ここはバスクである。フランス側でもスペイン側でもベレー帽をかぶるっている。老人の男性を多く見ました。これは、画家ではなく。バスクの老人達の伝統的な帽子です。


「元々はスペインのバスク地方で民族衣装の一部として使われていたものであったが、第二次世界大戦頃から軍隊に普及し始め、現代では世界各国の軍隊において広く用いられている。

旅の思い出 バスクの旅

スペインの巡礼路記②  「サラミスの兵士たち」スペイン内戦の秘話

サンティアゴ・デ・コンポステーラの巡礼路(サンティアゴ・デ・コンポステーラの巡礼路)は、キリスト教の聖地であるスペイン、ガリシア州のサンティアゴ・デ・コンポステーラへの巡礼路。おもにフランス各地からピレネー山脈を経由しスペイン北部を通る道を指す。 

 

 

前回のスペインの巡礼路記①でバスクの町パンプローナで歩きましたが、そこから本当はプエンテ・ラ・レイナ - エステーリャ - ログローニョ - サント・ドミンゴ・デ・ラ・カルサーダ - ブルゴス - カストロヘリス - サアグンへと向かうのが巡礼路ですが。おじさんは北の海岸沿いのルートへむかいました。バスでパンプローナからサンセバスチャンへ。北の道 - バスクのフランス国境に接したイルンからビルバオ、サンタンデール、オビエドを通ってガリシアに向かう海沿いの道。

 バスク・ペロタバスク・ペロタ 壁に向かってボールを打つ

サンセバスチャン

「アコーディオン弾きの息子」の恋人の婚約者は漁師で鱈漁に出ていき?

北海に面した避暑地。サンセバスチャンへB級グルメの旅へ。ここは、バスクのサンセバスチャンはクジラ漁基地と鱈漁で栄え  

た町。漁業の基地でもあります。カトリック教徒は金曜日に魚を食べる習慣があるために、北海の鱈を採りつくしたスペインの漁船は。その後、イングランド沖へ、アイルランド沖へ・アイスランド沖へと移っていき。新大陸発見後はニューファンドランド沖の鱈漁場に移っていきます。

ここで食べたのは名物の干し鱈(カバラオ)のコロッケ。トマトソース味。

 

それと、鱈の下顎(下あご)料理(ココチャ)たべにきたのですが、メルーサのココチャしかなくこれを食べました。ゼラチン質下顎(下あご)の肉を楽しむ不思議な魚料理です。

 

バスクの伝統球技Pelota Vasca(ペロタ・バスカ)なんかな。

 


スペイン内戦を舞台にした小説

 

2003年にスペインでベストセラーになった作品

「サラミスの兵士たち」スペイン内戦の秘話

Paso Doble "Soldados de Salamina"

これは、映画化されていますので予告編見てください。下をクリックしてね。

 http://www.youtube.com/watch?feature=player_detailpage&v=koYXYVhS9Io

スペイン現代史に詳しくなくても読めるが、一応スペイン内戦、フランコ、ファランヘ党などといったキーワードは事前に知っておいた。何しろスペイン内戦は他国の人間から簡単には頭に入りにくい。共和国が正義で国民軍が悪、あるいはその逆といった単純な図式を先入観でもっていると、それはそれでわかりづらくなる。ファランヘ党だって同じファシストでもナチとは成り立ちがまるで違うし、旧ファランヘとフランコが統合したファランヘ党ではやはり性格が違うものだし

本書は小説であるが、ノンフィクションノベルに近い物のような気がする。まるっきりノンフィクションでは絶対にないと思うが、すべてがフィクションとは言えないだろう。ノンフィクションノベルが出来るまで、というフィクションのようにも思える。

物語の始まり


「アコーディオン弾きの息子」ヘミングウエイがバスクのおじさんが友達だと自慢する話がでてくる

 

1939年1月30日、内戦末期のスペイン。

バルセロナ陥落前夜、共和国軍(ヘミングウエイの国際旅団が応援。ソ連共産党が支援)敗戦が目の前に迫っている。共和国軍の収容所から銃殺場へと向かう50人の捕虜の中には、詩人にしてスペイン人最初のファシスト、ファランヘ党設立メンバーであり反乱軍(フランコ軍)の思想面の指導者である、サンチェス=マサスがいた。

銃口が捕虜たちに向けられ、今、殺戮が始まる。

その瞬間、マサスは本能の赴くまま森に飛び込み、茂みに身を隠す。

メガネを失って視力をなくし、マサスは震えている。

追っての共和国軍兵士の一人がマサスを見つけ、銃を突きつける。

しばしの沈黙。

森の奥から兵士たちの怒鳴る声。

「そっちに脱走者はいるか?」

マサスに銃を突きつけた兵士が答えて叫ぶ。

「いや、こっちには誰もいない!」

兵士に見逃がされたマサスは、カタルーニャ山岳地帯の鬱蒼とした森を9日間逃げきり、反乱軍に合流し、生き延びる。

それから約60年経った現在、本書の著者であるバルセロナの新聞記者セルカスは、偶然このエピソードを知る。

なぜ、無名の一兵士はマサスを助けたのか。

この兵士は今、生き延びているのか。

生き延びているとしたら、どこで何をしているのか。

本編より抜粋

セルカスによる調査と執筆が始まる。

第一部が作品にとりかかるまで。第二部が本編のお話。第三部がまるで別の展開から始まる、最後の締め。第三部にロベルト・ボラーニョが出てきたのには驚いた。(ロベルト・ボラーニョ/松本健二訳『通話』白水社、スペインで懸賞小説で稼ぐチリ人作家の物語)これもおじさんは読了。

ファランヘ党の中心人物で詩人のサンチェス=マサスがスペイン内戦末期、共和国軍による集団銃殺を逃れたが、その逃亡を助けた共和国軍の兵士がいた。国民軍が来るまでの9日間、彼の潜伏を助けた「森の友」と呼ばれる若い脱走共和国軍兵士がいた。ファランヘ党の中心人物を助けたなどという話。フランコ側の人物を助けたことになるわけで、カタルーニャの人たちからすると「悪」なのだが、もちろん、そんなに簡単な話ではない。

http://www.youtube.com/watch?v=oWW08eHONk4&feature=player_detailpage

u上をクリックすると予告編「パソ・ドブレ」がみれるよ

キーワードは「パソ・ドブレ」だ。人物とエピソードがパズルのように組み上がっていく。それをドキドキしながら読み進めることが出来るのは、なんとも幸せな経験だ。果たして、最後に文明を守った兵士は誰だろう?物語はサンチェス=マサスを助けた男の物語として終わる。

この本はおじさんが本当にお勧めの本です。表紙の写真はロバート・キャパが撮った国際旅団の兵士の写真です。

■著者:ハビエル・セルカス著, 宇野和美訳