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 エシ エデュジアン 著 高見 浩 訳

カナダ生まれの女性作家による三作目の小説。2004年が処女作発表というから寡作ながら、うち二作がブッカー賞最終候補に残った実力派だ。1830年代の東カリブ、バルバドス島からはじまる本作も、ダイナミックな展開と登場人物たちの緻密で生々しい描写に一瞬にして引き込まれ、読み終えてしばらく経った今でも物語世界に半身を置いた状態が続いている。
 少年ワッシュは、島のフェイス大農園で奴隷として酷使されている。彼は、どこで生まれたのか、誰が親なのかも知らない。家族も財産もなく、横暴な農園主のもと過酷な労働に耐えている。だがその人生は、農園主の弟で科学者のティッチに見出(みいだ)されたのを機に大きく動きはじめる。彼の手掛ける気球の開発を手伝ううち絵の才能が開花、
『ワシントン・ブラック』がもっとも特徴的なのは、「学ぶこと」の物語である点だ。少年はティッチと呼ばれるイギリス人男性と出会い、文字の読み書き、科学や数学、読書などを教わるのだが、それまでに描かれた苛烈な暴力との対比として置かれる「学ぶこと」の豊かさと快楽こそ、著者が描こうとした主題ではないか。たしかに、奴隷として手荒く扱われ、いつ殺されるかもわからない状況に置かれていた少年にとって、「学ぶこと」はこれ以上ないほど贅沢な経験であり、また例えようもなく甘美な体験であっただろう。
教養のある大人から学問の手ほどきを受け、才能を開花させていく黒人少年の姿は何と美しいことか。また手先の器用な少年がスケッチをする、その絵の才能を認められるといった展開にも、ほとんど官能的といってよい雰囲気が漂っている。著者の視点が「学ぶこと」「知性を獲得すること」にフォーカスされ、その行為を甘美なまでに高めることが、BLM文学としての現代性にもつながっているように感じる。
そんな中ある陰惨な事件が起こり、ふたりは農園から逃亡する。北極へ向かったのは、ティッチの父親の消息を訪ねるためだったが……。物語はさらにカナダ、イギリスと無尽に転変していく。

 奴隷捕獲人の影におびえつつも、異境で労働して金銭を得、他者から才能と利発さを認められて力強く道を切り開いていくワッシュの、これは成長譚(たん)でもある。しかし全編を通して浮き彫りになるのは、彼ら奴隷を監督する白人たちの抱える空虚だ。家族はあるが温かな愛情に恵まれず、意に染まぬ家業を背負い、自力で手にした実績もない。横暴な農園主も、ワッシュに差別的な言葉を投げつける者も、それは同様に見える。虐げる側と虐げられる者。精神的「持たざる者」はむしろ、前者なのではないか。だから他者をそこまで執拗に痛めつけるのではないか。時代背景が異なるのでひと括りにはできないが、それこそが不変の真理に思えてくる。
主人公は奴隷の少年。不運な事故で顔面に火傷の跡があり、絵を描く才能を持つ。白人の大人に連れられて北極まで行ってしまうが、結局捨てられた。
逃亡につぐ逃亡、さまざまな土地をめぐる生存のための旅は、逃亡奴隷にかけられた賞金といったサスペンスも盛り込まれ、純文学的なテーマ性とのバランスのよさを見せる。オーソドックスな少年の成長譚でありつつ、映画化できそうなほど読み手に映像を喚起するタイプの小説でもある。個人的には、本年度ベストの文学作品になるだろう。ぜひ手にとってほしい1冊である。
孤独な黒人少年は友人と呼べる隣人を持つことができるのか?