Inscrutable are the ways of Heaven. -328ページ目

悔しい


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最近、考えることがあります。

自分は褒めて伸びるタイプか挫折や悔しい体験からクッソーと思って伸びるタイプか。


その時々の環境、友達、先生や指導者によって変わる場合もありますが僕はたぶん後者。



僕を知る人は僕のことをセンシスティブで後者の判断に?もあるかもしれませんが。


敏感な故に後者。



ということで、記憶をたどってみました。



とりあえず中学の期末テスト。


僕は歴史が好きなので社会が得意でした。


で、よく一緒にいて学年でも10番に必ず入る友達がいました。彼はまぁ成績が良いことを鼻にかけ、周りを見下してました。


そんな彼は僕を見下しました。
社会のテストで。


カチンときた僕は彼に

それなら、次の社会のテストで賭けをしようじゃないかと提案しました。


内容は90点以上取ったら頭を下げて謝る。




社会は常に80後半から90点は取ってたんですが気合いれて勉強しました。



結果は92点。


見下してた彼も92点。


『あぶね・・・』と言って謝ってきました。



この経験は冒頭に戻りますが後者の体験です。


同様の体験も高校の時にあります。


担任は英語の先生でした。

結構このような先生は多いと思いますが、自分の担当する教科で成績の良い生徒は扱いが違います。


当然と言えば当然ですが、その先生のその接し方に当時、大きな?をいくつも持ってました。


英語は好きだったんですが、高校の英語の点数は60点ちょっとや70点位でした。


その結果、英語Bクラスになりました。


Bクラスになったことと担任の先生の対応が僕に『見返してやる』と英語のテストに対する強力なモチベーションをプレゼントしてくれました。



勉強は自分の中ではやり残したことがないくらいして、92点でした。


その点数は担任の先生が週1回書いてクラス全生徒に配るクラス新聞みたいたなものに載りました。


クラスでは4位で、その先生の可愛がる生徒達の間になりました。


クラスもBからAになり、先生の対応が変わりました。


爽快だった記憶が残ってます。


この経験も冒頭の後者になると思います。






今も後者の状況です。

慣れない状況で自分の存在価値・貢献度を自分で観て問いています。



僕がいなくなった時に今より少しでも大変になればそれが僕の存在価値・貢献度の答えかなと思います。