Inscrutable are the ways of Heaven. -314ページ目

identity

ちょっと前に感じたことを掘り起こして考えてみます。



『identity』




僕は8月まで東京にいて
それから1週間程富山・石川(バスケ観ただけ)にいて
1日だけ東京にいて
群馬に一ヶ月以上いました。

その後また1日だけ東京にいて
4日ほど北海道にいて北海道西部を旅して色んな人・環境に出会いました。



で、今東京に帰ってきて3日くらい経ちました。


自分で決めたことですが
一体『自分は』どこにあるのか・どこにいるのか・どこの人なのか。
と思うことがありました。



特に強く感じたのは北海道の初日です。


その時々の自分のいる環境に対応している自分がいますが
感覚が対応してない自分も感じられました。

(表現して読んでる人に理解してもらうのも難しいんですが・・


その感覚がしばらく続くと僕は一体どれに合わせれば良いの?と
疑問を持ちました。


幸いなことに
気持ち悪く怖い違和感に似たものは翌日には感じなくなりました。



8月上旬、自分の約一ヵ月半の予定を見た時に、
一日置いて日本をあちこち行く自分にわくわくしました。


結果は自分についていけなくなりました。


これからは
どこでも生きていかないといけないという環境で
そのことは自分でもひしひしと感じているのですが


遊びでも仕事でもあちこちに行きたいというは
中々それは大変なことだと気づきました。




ずっと一箇所にいては自分の可能性がなくなると変な固定概念がありました。


一箇所に留まる人は多くのところでやってきた結果、
自分にとって最適なところが見つかったという感じ
なのかもしれないとも考えるようになりました。



本当難しい。



最近では珍しくありませんが何ヶ国語も話す方がいらっしゃいます。
話せないなこちらとしては『すげぇーな』と思いますが

その人達はfirst languageがあるのにも関わらず、
自分のidentityをどこに置けばいいか迷うという悩みをもちます。


僕の今回の場合、言葉ではありませんがidentityというもので
共通している部分があると思いました。



identityを辞書で調べてみると

自己が環境や時間の変化にかかわらず、連続する同一のものであること。

主体性。自己同一性。




でました。



色んな環境に自分をおいて色々変化しましたが
自分の核となる唯一の部分は軸としてぶれなかったので

identityはある種、形成されたと思います。



いやぁ、自分で掘っておいて、解決できたか分からない(たぶんしてない)
です。