今日、ふとわかったことがある。
私は自己愛に溢れた空間が苦手なの。
例えば、
愛に満ちた円満な家庭だとか
仲良し女子グループだとか
仲間意識全開の体育会系サークルだとか。
常に仲間だとかチームだとか家族だとか、そういうものに懐疑的に生きてきたから、いつのまにかそういう空間に自分の身を置けなくなってしまったのだ。長年の謎が解けた。どうして私はこんなに愛に違和感を感じるのか。
愛情というものが怖い。
愛が怖い。
だってよくわからないから。
怖いから、逃げたくなって、
避ける。
受け取り方がわからないから。
さみしい人生だね、と肩をポンと叩かれても、何も感じない。私はいつだって自分の生きたいように生きてきた。さみしいと感じたことなどない。この生き方が私にとって普通だから。
ただ、思うに、
成年になる過程の何処かで、
私のなかにある
感性のなにか大事なものを
小さな箱にカギをかけて
実家の私室のどこかに
しまってから
カギも箱の場所も
忘れちゃったんだと思う。
なぜしまったのかは、もちろん、しまおう!と思ってしまったのではなくて、自然と、そうしなくてはこの家では生きてゆけぬのだと、幼い頃早々に見切りをつけたからだ…
小学生のころ。
家の外で、ほかの子らと同じように平然と普通に生きていくためには、余計な感情を決して家から学校に持ち出してはならないと、心に固く誓っていたのを、今でも覚えている。
だって、学校は平和だったから。
風紀を誰にも乱してほしくなかった。
だから私も乱さなかった。
せめて学校では気楽に生きていたかったから。
私が家でも学校でも自信をもってやれたのは絵を描くこと以外になかった。紙の上でだけは、どこにいても自分を開放できた。
成長するにつれて、自分を開放する手段は増えていったけれど。
そして同時に、学校でもふとしたきっかけで爆発するようにもなった。
まぁよくわからないだろうけど、そんなこんなで、私は愛を受け取るのが苦手です。ド下手です。どへてぃーです。愛を与えるのもよくわかりません。ごめんなさい。だからね、あんまり私を圧迫しないでいただきたい。ゆっくりお願いします。そしてあなたみたいな人がいるってのと同じように、こういう人もいるんだってことをどうかわかってね。
