KURUMI、絵描きというのはだな・・・

KURUMI、絵描きというのはだな・・・

絵を描くことを生き甲斐としている者のことさ。
つまりだ、一生絵を描いて生きていたらそいつはもう画家だよ・・・

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今日、ふとわかったことがある。




私は自己愛に溢れた空間が苦手なの。


例えば、



愛に満ちた円満な家庭だとか


仲良し女子グループだとか



仲間意識全開の体育会系サークルだとか。



常に仲間だとかチームだとか家族だとか、そういうものに懐疑的に生きてきたから、いつのまにかそういう空間に自分の身を置けなくなってしまったのだ。長年の謎が解けた。どうして私はこんなに愛に違和感を感じるのか。





愛情というものが怖い。




愛が怖い。




だってよくわからないから。




怖いから、逃げたくなって、



避ける。



受け取り方がわからないから。





さみしい人生だね、と肩をポンと叩かれても、何も感じない。私はいつだって自分の生きたいように生きてきた。さみしいと感じたことなどない。この生き方が私にとって普通だから。



ただ、思うに、


成年になる過程の何処かで、


私のなかにある
感性のなにか大事なものを

小さな箱にカギをかけて

実家の私室のどこかに
しまってから

カギも箱の場所も
忘れちゃったんだと思う。


なぜしまったのかは、もちろん、しまおう!と思ってしまったのではなくて、自然と、そうしなくてはこの家では生きてゆけぬのだと、幼い頃早々に見切りをつけたからだ…


小学生のころ。
家の外で、ほかの子らと同じように平然と普通に生きていくためには、余計な感情を決して家から学校に持ち出してはならないと、心に固く誓っていたのを、今でも覚えている。


だって、学校は平和だったから。
風紀を誰にも乱してほしくなかった。
だから私も乱さなかった。
せめて学校では気楽に生きていたかったから。
私が家でも学校でも自信をもってやれたのは絵を描くこと以外になかった。紙の上でだけは、どこにいても自分を開放できた。
成長するにつれて、自分を開放する手段は増えていったけれど。
そして同時に、学校でもふとしたきっかけで爆発するようにもなった。



まぁよくわからないだろうけど、そんなこんなで、私は愛を受け取るのが苦手です。ド下手です。どへてぃーです。愛を与えるのもよくわかりません。ごめんなさい。だからね、あんまり私を圧迫しないでいただきたい。ゆっくりお願いします。そしてあなたみたいな人がいるってのと同じように、こういう人もいるんだってことをどうかわかってね。





すっかり距離があいて


遠い存在になったけれど


どうしてか、


遠ざかれば遠ざかるほど


頭に浮かぶのは


あなたのことばかり。


いつまで私を困らすの。


私はあなたの側にいる権利なんてないのに。


きっと諦めようとしている心の何処かで


あなたを求めているからですね。


情けない。


あなたとはもっと違うかたちで出会いたかった…






一人の少女が、毎晩苦労して机にへばりついて頭振り絞ってやっと作り上げたもんを、表現の意味がわからないの一言で片付ける権利がお前にあんのか!そんなにエライのかお前は!何様だ!一瞬でも彼女の思いを汲もうとしたのか?え?彼女をそんなふうに批判できるのは私か一流のライターだけなんだよ馬鹿野郎!思ったことをただ言っただけだと思ってるかもしれないがそれは違うぞ。それは批評とは言わないんだよ。読む側にもヤル気がなければ批評はできないんだよ。この際お前が彼女の思いを汲んでやれない理由を教えてやろうか。お前はアーティストを気取っているがそれは大きな勘違いなんだぜ。表現する、創造というのは時間と体力と頭をつかって、体の穴という穴から宇宙捻り出すような苦しみに耐えて達成されるもんなんだよ。だからお前みたいに、スイッチひとつ、指ひとつ、テクノロジーに頼りきって大量生産していくようなファーストフード的なやり方をして、さもこれが僕の芸術ですといって世に出ようとしてるヤツには、誰の作品も批判する権利はないんだよ!!