地震のこと。3
スーパーで水が購入できなかったので友人の
職場でもある福祉センターに水をもらいに行きました。
そこでトイレも済ませる。
その日の夜はベビーバスにポットで沸かしたお湯を入れて
私とベビ子だけ細々と髪と体を洗いました。
当日の夜よりはだいぶ余震が減ったのでその日はけっこう
しっかり寝ることができました。
地震から2日目の朝。
地盤沈下による泥が乾いた砂埃はさらに増え、マスク
なしで歩くのはちょっと厳しい感じ。
時々ベビ子が咳をするようになったのも気になったし
水の復旧も時間かかりそう。
急遽実家に帰ることに決めました。
とりあえず高速は使えそうなので車で帰ることに。
ガソリンを入れようと近所のガソスタに行ってみると人は
いるけど閉まってる。
何件か回ったけど浦安は全部だめ。
都内は大丈夫だろうと行ってみると最初の何件かは
だめ。ようやく見つけた開いてるところで並んでなんとか
入れることができました。
首都高も東名高速もほとんど混むこともなく
意外とスムーズに帰ってくることができました。
こっちはなんだか別世界。
ガソスタは並んでないしスーパーに物はある。
道路だって割れてない。
妻と娘と愛犬を実家に置いて、仕事のあるパパは
翌日また家に帰っていきました。
あれから2週間経った今もまだ私達は実家にいます。
まだまだなくならない地盤沈下後の砂埃。
水道水の放射能汚染。
実施されるかされないか曖昧なことの多い計画停電。
東北の被災者の方たちに比べたら恵まれてる環境ということは
わかっていますが、小さな子供がいるとやっぱりすこしでも安全な
場所にいたいというのが正直なところ。
パパは大変だけど、もう少し一人でがんばってもらうことになりそう
です。
今回の震災でいろんなところで人と人とが助け合う場面を
目の当たりにしました。
テレビでもそうですが、自分自身も友達が心配してみんな
電話をくれたり、同じ地域に住む者同士で情報交換したり
子供と荷物を抱えていたら手伝いましょうか?って声をかけて
もらったり。水持っていこうか?ってメールもらったり。
人との繋がりの大切さを感じました。
以前外国で働いたことがあるのですが、日本人は特にこの
助け合いの精神が強い人種だと感じていました。
自分が被災者なのに別の被災者の方を助けている。
すごいことだと思います。
混乱も続きますが、みんなで助け合って一日も早い復興を願っています。
地震のこと。2
外に出てみるとうちのコンクリートじゃない部分
からけっこうな勢いで水が出ていました。
(湧き出てるかんじ)
駐車場部分ははあっという間にどろどろ状態。
ためしに水を出してみるともうすでに出ませんでした。
近所のおばちゃんに子供の物だけでもすぐ持って出られるように
したほうがいいと言われ準備して同じくらいの子供を持つお隣さんと
近所の小学校に向かいました。
家の前の道路はマンホール部分がこんな風にへこんだりしていましたが、
かなりましなことがわかりました。
避難所の小学校の前の道路なんてもうどろっどろ。舞浜駅方向から
帰ってきたお隣さんいわくそれでもかなり水が引いたほうだった
らしいです。
水溜りの上なんて絶対歩けないぴのこ。無理やり引っ張っても
ぜったいイヤ~~!のポーズするもんだから
左手で抱えましたよ。。ベビ子抱っこしながら。プラス荷物ね。
よくできたな。。
しかも途中(抱えてないとき)うん子し始めるし!
さすがにその時ばかりはお隣さんと笑っちゃいました。。
なんとか避難所に着いたけど犬は入れない。
かわいそうだけど目の届く場所にいてぴのこは外につないでおき
ました。
まだ何が起きているかよくわかってないべび子。
余震がきたって平気で教室内をごきげんに歩き回ってました。
8ヶ月になるお隣のベイビーもニコニコ。
不安の中この二人には癒されました。
どれくらい時間が経ったのか覚えていませんが、毛布が
配られたころ、新橋から歩いて帰ってきたパパが小学校
に到着。
お隣さんとも話し合ってとりあえず家に帰ることにしました。
お風呂の水を流してなくてよかったー。
それで顔を洗って就寝。
その夜はずっと続く余震でほとんど寝られませんでした。
翌日とりあえず水が必要だということで近所のスーパーへ。
あらためて街を見ることになりました。
いつもお散歩していた公園。
すべていつもお散歩で通る場所です。
あらためてこの地域の地盤の緩さを実感することになりました。
スーパーの前には行列。やっと入れても水、カップラーメン等は
すべて売り切れ。
この道路の様子だと水の復旧も時間がかかりそう。
ドロドロだったところは乾いてきて砂埃が舞い始めてる。
事態は思ったより大変なのかも。。
ここでようやく実家(愛知県)に避難するという選択肢が
でてきました。
つづく
地震のこと。1
あれから約二週間経ちました。
私達の住んでいる場所(浦安)もけっこう被害がありました。
あの日のことを忘れないうちに記しておきたいと思います。
我が家は3階建てで2階がLDKになっているので日中私達
はほぼ2階にいます。
ちょうどベビ子の服作り(今はまってる)が一段落して「ミヤネ屋」を見
始めたときテレビが前後に揺れ始めたので急いでべび子を左脇に抱え、
右手でテレビを押さえました。
ちょっと長いし大きいかも・・と思い始めたときさらに激し揺れが。
経験したことのない大きな揺れ。「ついに大地震が来た」と思いました。
横揺れが激しく転びそうになったのでべび子を両手で抱きしめながら
その場でしゃがみました。揺れはさらに激しくなりガシャンガシャンと
音を立ててトースターや花瓶、鍋などが床に落ちて割れまくり。
机の下に行こうと思ったけどあれだけ揺れると行けないんですね。
その場で転ばないようにするので精一杯。
ようやく少し揺れがおさまったので、ソファーの上で吠えていたぴのこ
にリードをつけてみんなでダイニングテーブルの下に入りました。
そこですぐ速報の音。見ると震源は東北。このあたりは震度5強という
ことがわかりました。
そしてテレビの映像は都内パパの職場のあたり。ビルから煙がでている様子が
映されてる!
ちょっと大丈夫なの!??と思っていたところで実家の母から家電に電話が入る。
とりあえず大丈夫ということを伝え少し落ち着いたところで抱っこ紐を取りに行き
ベビ子を自分の身に装着しました。
しばらく揺れなかったのでベランダから外の様子を見ると前の
家の塀とその隣の家の塀が倒れていました。
外でお散歩していたらと思ったらヒヤッとする情景です。
まだ少し揺れていたので携帯を握りしめテーブルの下でぐずるベビ子を
なだめたりうろうろしたがるぴのこを怒ったりしていると、再度激く揺れました。
これは余震ではなく別の地震だったみたいです。
少々動揺していたのでこの時の時間の感覚がほとんどありませんが
最初の揺れからしばらく経ってからパパと電話が繋がった気がします。
パパは外出してて会社にはおらず、新橋にいたそうです。
ゆりかもめが落ちなくてよかった。。
つづく


















