三浦綾子さんの「愛すること信じること」を読み終えた。


心に残ったのは「口には税金がかからぬ」のくだり。


三浦さんは言う。

ちょっとした一言を言うか、言わぬかが、その人、その家の幸、不幸の岐れ路になることは案外多い。


私も、夫に対して「ありがとう」「ごめんなさい」を言うのが苦手だ。


でも、その声かけが、結局は自分の幸せにつながるのだろう。


夫や親の返事を危惧して、質問をすることに躊躇し、本音を聞く前に決めつけてしまうことがある。


しかし、実際には聞いてみないと分からないのだ。


相手の反応を恐れることなく、ちょっとした一言を出し惜しみしないようにしていきたい。



ついさっきコンビニに行った時、私は人間関係を円滑にするだろうな…と感じた「一言」に出会った。


事の発端は、レジの店員に「200円分の切手をください」と言ったことから。


今風の若い男性店員の見た目に、私は「仕事だからイヤイヤやってますみたいな態度を取られるかもしれない…」と身構える。


そんな私の前で、切手帳を出してきた彼は「200円分ですね」と確認しながら、94円切手を2枚切る。


「あと12円分、どうするのだろう…」と眺めていると、彼は10円切手を2枚切る。


「8円分、余分なんだけど、ちょうど200円分になる金額の切手がないのかな…」と危ぶんで見ていると、彼は更に2円切手を2枚切る。


「一体、彼の頭の中ではどういう計算になっているのだろう…」と思っていると、彼はレジを打とうとしてハッと気がつき、更に2円切手を1枚追加する。


指摘したら今風の彼の機嫌を損ねるのではないかと不安になり、数円オーバーなら黙って払おうと思っていた。


しかし、意味不明に増えてきた切手を見ていたら、私はついに言ってしまった。


「94円2枚と、10円1枚、2円1枚で200円になりますよね…?」と。


さぞ彼のプライドを傷つけたかと心配になったが、思いのほか、彼は素直に「すみません」と言って、余分に出した切手を引っ込めた。


その後のレジでももたついていたが、先輩に聞いて解決した後、「申し訳ありません…お待たせして…」と静かに言うではないか。


私は、この言い方に彼を尊敬してしまった。


「お待たせして申し訳ありません」なら、テンプレートのセリフをそのまま言っているようにも感じるが、その倒置法の言い方が私に「この言葉はテンプレではなく、彼の心から出た言葉なのだ」と感じさせたのだ。


しかも、その静かで落ち着いた物言い。


私が店員だったら、恐らく私は申し訳なさそうな笑みを浮かべて大袈裟に頭を下げたことであろう。


そんな愛想笑いには、暗に、相手に許してもらおうと言う魂胆が込められているのだ。


しかし、彼の静かな言い方には、ノリで許してもらおうという雰囲気がなかった。


計算でミスした自分を卑下することもなく、しっかり受け止めた上で謝っているのだ。


自分の能力が低いことを相手に指摘されたら、私だったら、怒りもせず、卑下もせず、照れ笑いすらもせず、静かに事実として受け止めることはとても難しいことだと思う。


計算力以上に、人間力を彼から感じて尊敬した出来事だった。



夫や家族に対して私が戦闘モードになる時、それは多分に自分の弱さをごまかしたり、相手に自分の弱みにつけいらせないようにするためだ。


家族に関わらず、常に他人に対して優位に立てていないと不安になってしまう私。


同じ三浦綾子さんの「愛すること信じること」には、「夫婦のうち、どちらか一方が幸せだと思っていても、その幸せはもう一方の我慢の上に成り立っている場合もある」と書いている。


私も夫といて幸せだと思っているけれど、私の暴言を受け止めている夫は、そうとは限らないんだな。

一言の言葉は5秒とかからぬのだ。口には税金がかからない。お互い、言うべきときに言える素直さと、謙遜さを与えられたいものである。


我が子たちも、兄弟での裁きあい、ディスりあいが目につくのである。


親の私の言葉遣いも反省しつつ、こんな本を見つけた。


対象年齢よりはすでに大きいんだけど、分かりやすくて良さそう。


買うならどっちが良いかなぁ…。