震災から3週間。
3月も今日で終わり。
本来なら
4月を目前にして
新しい年度の始まりと
桜の開花情報とで
どことなく浮き足立った
新しく明るい雰囲気の漂う時期。
TVやラジオ、新聞やネット
毎日毎日どこを見ても
震災と原発のニュースで溢れている。
時間が経つにつれて
全体でしか見れてなかったことが
最近では個人単位で
当時の状況が見えてくるようになった。
まだ出会えていない家族を探す人
復興に向けて頑張る人
原発で頑張る人
ボランティアに入る人
手塩に育て
これから最盛期!という時期に
出荷停止になった状況を悲嘆し
キャベツ農家の方が
自らこの世を去ったことを知った。
もぉ、悲しすぎて
辛すぎて
悔しすぎて・・・
どんな言葉もココロには浮かばなかった。
孤児の話も少しずつ聞こえてきてる。
阪神のときは早朝の地震だったので
親子一緒にいるところがほとんどだったけど
今回は昼過ぎの地震ということで
離れ離れだった親子が多数いたと。
木工所で働いていた男性で
人の役に立ちたいと
30歳で警察官に転身。
宮城県の派出所勤務で
夜勤を明けて帰る時に地震発生。
すぐさま
海に近く人の多く居ると思われた
宮城空港に向って移動しながら
避難するよう住民に呼びかけた。
8日後、遺体で見つかった。
32歳だった。
火葬の際には
「助けられた」という方が
多く訪れたらしい。
警察官の話は
今朝のニュースで知った。
こんなこと不謹慎だと思うけど。
不快に思われる方も
いるかもしれないけど。
彼はきっと
その人たちを救うために
生まれてきたんじゃないかと思った。
警察官が天職だったんだと思った。
でも、小さな子と奥さんのいる方で
残された家族は
深く深く悲しんでいるだろう。
震災から1週間くらいは
現状をくまなく把握したくて
TVだけはつけていた。
いつもは早くに眠くなるのに
しばらくは深夜まで
眠れずにいた。
寝るときも
外出着のままでないと不安で
寝られなかった。
だけど、実は最近
ほとんどTVを見ていない。
朝のニュースは観て
あとはネットで
状況を確認するくらい。
毎朝ニュースを観ていると
涙が流れ苦しくなるのと
天気予報や
その他の知りたかった情報は
番組が終わってみると
何も頭に入ってない事に気付く日々で。
今までにないくらい
大きく長く揺れた地震を体感したけど
ここよりも都内の方が大きく揺れたし
千葉や茨城や
震源に近づくにつれ
その被害は大きくなっていて
あたしの住むところなんて
ホントに、ホントになんでもなくて。
それなのに
「余震は大丈夫?」
「計画停電は?」と心配してくれる。
なんだか
どこれもこれも
申し訳なくてしょうがない。
政府がどうだ
東京電力の会見がどうだと
良くない感情を抱いたりしてたけど
結局は今の自分だって
大差ないじゃないか。
今の私が出来ること
今の私に出来る
最大限のことは何だろう・・・
あぁ、いや。
それもやっぱり
自己満足でしかないのかな。
もぉ、何が正しいのかわからない。