符丁としての言葉に意味なんてない
長いことアメリカに住んでいた
高校時代の親友が
トランプ離婚☺︎して帰国した
うちの息子の2つ下の
彼女の娘ちゃんは
今年の四月から日本語学校へ
現時点でカタコト、簡単な
会話ならなんとか成立する程度
生まれた時から知ってるけど
すっかりアメリカ人や
んで
帰国後、ちょいちょい
お邪魔してるんですが
おやつ食べたあと
娘ちゃんがテーブルを
片付けてくれたので
ふつうに
あ、ごめんねー
と、いったら
ナンデゴメンテイウノー??
と
たしかに
ここはありがとうだ
なんでごめんが当たり前のように
でてくるのか?
ここにめっちゃいらない
前提があった
片付けさせて申し訳ない
私が→本来自分がやるべきと思ってる?
気付かなくてごめんなさい
私が→だらしない大人でごめんなさい
なんという自己欺瞞にあふれた
ごめんなさいでしょう!!!
そもそもごめんなさい
謝罪の言葉
相手ありきなのに
オレ、自分ばっかり
日本人にありがちな
条件反射的なごめんなさいも
もちろん含まれるけど
それこそ
ほんと意味ない
単なる社交辞令と
符丁でしかない
なんという言葉の無駄遣い
もったいない精神の日本人に
あるまじき行為
ほんとごめんなさいにごめんなさいだ!
そして、
ありがとうの押し売りも
気をつけないとなーって
思った
間違ったごめんなさいと
意味のないありがとう
はほんとにいらない
使うのやめよう
そしたら前提も手放せるかな?
なんかそんな気がしてきたぞ☺︎
これからは大切に
ありがとうとごめんなさいを使おうと
友人の娘ちゃんに
教えてもらいました
ありがとう!