母は保守の右寄り、父は学生時代からバリバリの左でそういう運動にも参加していた人、つまり2人の思想はほぼ真逆でした。
私が小学生になり、選挙を数日後に控えたある日のこと。
一家団欒の夕食の席で
「お父さんとお母さんは誰に入れるの?」
と兄と2人無邪気に質問しました。
両親は一瞬の沈黙の後、穏やかな口調でこう言いました。
「家族同士でも、どこの政党を支持するか、誰に投票する、投票したかは言わなくてもいいんだよ」
「へええええ、そういうものなんだー」
その時は素直に受け止めたんですが、成長するに連れて少しずつ理解していきました。
両親の政治的思想は、決して交わらない事を。
しかし、父と母はその事で議論する事もほぼ皆無で、相手の思想を批判する事も、自身の正当性を主張することもありませんでした。
「いつか○○が大人になっても、お前の思想はお前だけのものだから。人を傷つける事でなければ、自分の信念に従いなさい」
その教えに従って成長した私でしたが、結婚して初めての選挙、元義理の母より
「○○ちゃん、うちは宗教がこうだから、〜党に投票ね」
と明るく言われカルチャーショックを受けることになります。
血の繋がった家族にですらそんなこと強要された事は無かったのですから。
新婚一年目こそ、人として未熟だった為に
「お義母さん、私は投票は自由だという教育で育ってるので、お約束は出来ません」
などと真正面から答えて空気を凍らせたりもしましたが、二年目以降は明るく「はい!分かりました」と投票所に出向き、元義理の実家ファミリーの推す政党及び候補者以外に清き1票を投じていました。嘘も方便です。
小学校高学年~中学生の頃、何度か食卓で憲法九条や自衛隊、米軍基地、核兵器etcの話題になり、食卓に火花が散りそうになった事を覚えています。
2人は口論になる前に話題を変えていました。
父と母は恐らく、何度もそういう局面を経験し
踏み込まない
立ち入らない
否定しない
という結論に辿り着いたのでしょう。
私自身が母になり、子育ても一通り終わる頃、ようやく母は色々語ってくれました。
父と出会った頃、大学生の父は共産主義にのめり込み、かなり過激な事にも首を突っ込んでいたと。
結婚し家庭を持つに当たり、関連の書籍を処分させて、党も抜けさせた、今となっては少し可哀想だったかなと反省している…
両親の結婚生活は私が21歳の時に、政治的思想の違いとは全く無関係な父の女性問題により幕を閉じました(笑)
政治的思想がそこまで違っててよく25年も結婚生活続けられたねぇ、と尋ねると
そこは大きく違ったけど、子育ての方針は同じだったし、仕事も一生懸命してくれた、人には沢山の要素がある中の1つだから…という答えが返ってきました。
泥沼の離婚劇、2人は激しく罵り合ったりも当然しました。
それでも、若かりし頃に思想を無理矢理捨てさせようとした事について、母は反省していると。
思想は人に何かを言われたから消えたり、変わったりするものではない。
思想が変わる時は自分の中で何か気付きがあった時。
誰かに言われて変わるものではないし、捨て去れるものでもない。
自分と違っていても
理解出来なくても
否定はしないで尊重する
そもそも世の中には100%完全に自分と思考が一致する人など存在しないのだから。
140字の呟き程度で他人の思想を変えるなんて出来ないのです。
家族であっても、個人の思想を尊重するという教育をしてくれた両親に心から感謝をすると共に
ただし、それが人を傷つけるものであってはならない
という大前提はいま一度、肝に銘じておきたいです。
理解し合えないものに対し
踏み込まずに一線を引くのは、1つのリスペクトの形なのだと私は思っています。
