10年前の未曾有の震災。知らないところではない。
30年くらい前、気まぐれで移り住んだ町。時代も良かった。家などは、ヤドカリのように買い換えればいいと、うまく売り抜けながら暮らし、見知らぬ町に家を建てた。横に堤防があり、太平洋一望できる事を気に入り、8年ほど住んで、又、今の地に戻った。
そのまま、いい思い出として残った。ふらっと来た流れ者くらいの感覚で町の人も思っていたと思う。
そして、震災が起きた。次の日から、ニュースに流れる見知った土地の変わり果てた風景。
何も手につかず、仕事にも行けなくなった。
毎日、新聞の死亡者の名簿を眺める。しかし、気がついた。田舎のこと、同じ苗字の多いこと、仲の良かった人の下の名も年も分からないこと。
毎日、パソコンと睨めっこしていた。
各地の避難所の掲示板を延々と映していた。
ある日、懐かしい名前を見つけた。近所で、当時中学生だった女の子。1番付き合いがあった家庭、お母さんと仲良しだった。ある時、隣町にデリバリーピザが出来た。
その子は、ピザ🍕を食べたことがなく、喜んで電話した。隣町といっても20キロはある。そこは、配達できないと言われた。悲しむ彼女に、生地から作ったピザを届けた。その時のうれしそうな顔が忘れられなかったその子だった。名前で呼んでいたし、年もあっている。
避難所宛に手紙を書いた。引っ越してだいぶ経つが、覚えていて、すぐにTELくれた。
避難所に、郵便配達が来た時、皆が喜んだそうだ。心配してくれる人がいるということが、嬉しかったそうだ。安否を確認し、他の人の話をして、必要があればなどと話した。
そのまま、連絡することもなく、時は過ぎ、一昨年の台風の時、我が家を心配してTELくれた。連絡先を持っていてくれた!今度は私を心配してくれた!嬉しかった。コロナで、マスクも買えなかったとき、真っ先に応援物資を送ってくれた。「田舎は、結構品物あるのよ」って、笑いながら🤣
それ以来、しょっちゅう電話して、☎️長話。
お菓子やパンを送る。「ヤマザキのパンきり食べたことない」などと笑い合う。
歩けるうちに逢いたいと約束している。