我が家から、伊豆大島が見える。
遊びに来ている若い人に、噴火したときは、ここから見えた。そんな話をすると、大昔のように思われる。1986年、昭和61年のことである。
40過ぎの人がやっと記憶があるくらいでしょうか?
全島避難の、大きな災害だった。
真っ暗な相模湾の向こうに、真っ赤な火柱を噴き上げる様は、自然の脅威を感じた。
国道134の葉山から三浦にかけた海岸線には、多くの人が見にきていた。
マスコミ人の主人が、島に渡るから、荷物を竹芝桟橋に届けてくれと連絡があり、大急ぎで向かいました。
主人が乗った船は、上陸できず、そのままuターンしてきました。
しかし、その前に行ったマスコミ各社で上陸出来た人々が、岸壁から「タバコをくれ」との声が一斉にあり、皆がタバコ当たり前の時代、ありったけのタバコを投げて渡してきたというエピソードがあったそうです。
自然の脅威の前に人間のなんて無力なことか。