大腸全摘、という想定外の事態に向かって、背中を押されつつあった、この時期に、僕は藁にも縋る気持ちで最後の悪あがきで、いやむしろ、大腸全摘以外にも何か方法があるはずという淡い気持ちにとどめを刺して、心穏やかに、一縷の後悔なく、粛々と手術を迎えるために、インターネットとかいう、でかい糞の山に埋もれたダイヤモンドのようなエンティティ、においてFAPの保存的治療の可能性について調べていた。そしてある日、こんなページを見つけた。
家族性大腸腺腫症患者の治療選択拡大に期待|国立がん研究センター (ncc.go.jp)
ある研究グループが、低用量アスピリンの継続的な投与によりポリープの増大を抑えることが出来るかどうかを研究しているという記事だった。臨床試験により、この治療が確立されれば、FAP患者にとっては大腸全摘以外の治療方法が選択できるようになるかもしれない、というものだった。
大腸を切り取るしかない、と信じかけていた僕にとっては、晴天の霹靂だった。と、同時に僕の中の冷静な部分は、自分が今、見たいものしか目に入っていない、という状況である事を警戒した。それでも、ここに書かれた内容を読んでからは、風前の灯かと思われていた僕の大腸の状態に関して以下のようなあらたな理解を持ることになった。理解?いや、ただの希望か。普通の、今まで通りの自分であることへの希望。
現時点で癌化していないという事は、FAP患者としては軽症であるはずだ。たまたま、自分の産みの父親を知らずに育ったため、自分がFAPを持っている事を知る由がなかった。そのため、45歳を超えても大腸が保存されるに至った。ここまで保存された大腸を今摘出してしまうのはもったいないこと極まりない。そして、あわよくば、大腸摘出も大腸癌も避けて通ることができる可能性がある。
同時に、自分の中では常にそれらの考えへの反論があった。
ラッキーなことに、こんだけ放置していたのに、癌にはなっていなかった。ひょんなことから、自分が癌家系の生まれであることが判明した。そんな風におり重なった幸運をないがしろにして、大腸を保存という大きなリスクをとるなんて、引き伸ばされた寿命というギフトを自ら手放すようなものだと。
しかし、最終的に、僕がすがったのは、僕がFAPであるために、50%でそのリスクを負ってしまった娘たちの事を考え、このFAPの新たな治療の選択肢を確立することに一役立ちたい、そして、このFAPという病気がどのような経緯をたどるのかを彼女たちに提示することにより、彼女たちが最適な治療を選択する手助けになるはず、という考えだった。
僕は、一心不乱に、記事に書かれていた連絡先あてに、自分の今までに至る経緯と、この臨床試験に参加したい旨をしたため、メールを送信した。
このあらたな希望だけで、僕の心はずいぶんと軽くなった。