2005年の秋、母が私に

「寂しそうにしてるから鳥を買ってあげる」と言ってくれました。

少し前までは、双子の姉はお姉ちゃんの文鳥の面倒を見てたりしてまして

部活とかもない学校で生徒も少ないので

一緒に遊ぶ友達もいなし一人じゃ外出できないしで

母から見て寂しそうに見えたみたいです。

買ってくれるからにはきちんと選びたくて『白文鳥』が良かったがなかなかいなくて

2件のお店をはしごしてもらい、さらに1件目に戻るということをしてもらい

戻ったら『白文鳥』は売れており『桜文鳥』しかいなくて仕方なしに

2羽の『桜文鳥』の弱ってる方を選び買って帰りました。

弱ってる子を選んだのに結構元気でした。

名前を『桜文鳥』の『さくら』にしました。

『さくら』が私の初めての正式なペットになりました。

学校に行ってるときは母が面倒を見てくれてたと思います。

私は学校から帰るのが楽しみでした。

ですが、帰るとカゴに『さくら』がいないときがありました。

犯人は、双子の姉でした。

私のペットなのに私よりも帰りが早いのでよく部屋に連れていかされてたので

あまり私に懐いてくれなくて、双子の姉の方が『さくら』のことがよくわかっていました。

私自身、桜色が好きなので名前にちなんでピンクのカゴを買いました。

この頃、頭の毛が黒くなってきました。

ブランコに乗れるようにと早めから慣れさせました。

大きくなったのでカゴも大きいのに引っ越しました。

ブランコは大好きになりました。

そして、お姉ちゃんの文鳥さんの求愛ソングを

自分なりにアレンジをして『さくら』の求愛のソングが完成しました。

なので、『さくら』はオスでした。

『さくら』が家に来た、翌年には新たな仲間がきました。

立て続けに2羽も。そのうちの1羽はメスでした。

『さくら』は元気いっぱいでなかなか写真を撮らせてくれませんでした。

しかも、よく怒りよく指を噛まれました。

鼻を噛まれて、血が出たこともあります。

でも、手に向かって歌を歌ってくれました。

ティッシュは小さく嚙みちぎって食べてたので

固めな紙や白い部分のみの水引をあげたらわら巣作りをしてました。

『さくら』は、出会いと別れをいっぱい経験してます。

きっと最初の出会いと別れは求愛ソングの師匠だと思います。

そんな師匠は白内障になっていたので『さくら』が隣のカゴから

師匠の目になってたような様子がありました。

『さくら』はとてもキレイ好きでした。

よく水浴びをして、わら巣の中も糞があまりなかったです。

エサも散らさないお利口な子でした。

そして雷や大きな音にはビックリしない子でしたが

煙やお風呂の湯気がとても苦手でした。

メスが卵を産むようになったので健康な『さくら』と

引っ付けさそうとメスをカゴに入れたら

わら巣に引きこもり大好きなブランコを壁にして

さらに取られたくないのかブランコを顎で寄せていました。

結局、メスとは何もなくお別れになりました。

私たちの中での『桜文鳥』は『さくら』が初めてでした。

換羽の時、抜けた羽がいろんな色がありすごかったです。

しかも、白髪みたいになるのを見たのも初めてで

「おじいちゃんみたい」って思ってました。

双子の姉がよく台所に連れて行ったり

冬は寒いから台所にいたりしてましたら

よく食べ物を漁ってまして、魚を好んでました。

自分より絶対大きい焼き魚を持って行こうとしてビックリしました。

よくテレビを見てる父の頭の上に乗っていました。

あと、食べてるものを狙って箸に乗ったりして父に箸で首を掴まれていました。

それでも、強気な『さくら』でした。

段々歳がいって、換羽の時の抜ける羽が少なくなってきました。

体重も軽くなってきていました。

発作が時々なり夜中、ブランコから落ちてはライトで照らして

ブランコに乗るかわら巣に行くまで眠い中見守りました。

日中もよく眠り大きな音がしてもなかなか起きないくらいでした。

日中はわら巣で寝るので夜中と逆だったらと思ってました。

カゴから出ると発作を起こす時があるので

なかなかカゴから出さなくなりました。

誕生日の時は撮影するので出して握ってあげました。

双子の姉が帰って来てる時は発作を起こさないので

カゴから出して自由に羽を広げていました。

一度キャリーに入れると発作を起こしたので

それからはカゴの掃除などをする時は母か双子の姉か

双子の姉がいなくて母が忙しいときは兄に握ってもらっていました。

冬の寒いときは袖の中に入って眠っていました。

掃除が終わっても起こすのがかわいそうでした。

夜中、ブランコから落ちるのに足が引っ掛かり

急いで母も起こして助けたが手遅れになったかと思ったが

なんとか生き返り元に戻ったことがありました。

なんの意味があるのかわかりませんが

ブランコの鈴を帽子にしてました。

きっと安心していたんだと思います。

文鳥でも白髪が生えてきました。 

このままでは念願の『白文鳥』になるのかと思ってました。

この写真の日は伸びた嘴や爪を双子の姉に

削ったり切ったりしてもらいました。

そしたら、なかなかカゴに帰りたがらずに私にまとわりついていました。

私もめったにこんなことがないので気を許して過ごしていました。

異様に肩に乗ったりして寝ていました。

双子の姉が撮ってくれましたが、これが最後の写真になりました。

いつもはブランコで寝るのにわら巣の上で寝て

一昨日は、1日中棒の上で寝ていました。

昨日の昼に姿が見えないので探したら出入り口の下で

必死で呼吸をしながら寝ていました。

母が「握ってあげたら?」と言われましたが

手を出すとまた発作を起こすのではないかと思いとりあえず

お昼ご飯を食べたが食欲なく気になり見に戻ったら息をしていませんでした。

母に泣き泣き報告したら、棺桶や火葬の準備をしてくれました。

お昼だったので休み時間だった双子の姉にすぐに電話しましたが

泣き泣きだったので途中で母に代わってもらいました。

『こつぶ』に会わしたら寝てると思ってるのか

ほっぺや尻尾を突いて歌を歌って起こそうと必死でした。

けど、起きないとわかったら周りの花をちぎって食べ始めました。

 

さんざん泣いたけど仕事が終わった双子の姉が来ても

また涙が出てきてなかなか止まりませんでした。

昨日の夜はブログにも書きましたが、母から知ってるはずなのに

外食に行くと言った父に腹が立ちました。

 

そして、今日のお昼に予約してた火葬場へ車で1時間ほどかけて行ったが

行きがけもう骨になるのかと思うとまた泣けてきて

運転してた母の手を握って泣いていたら母と思い出話をしました。

『さくら』のきっかけが母なのに忘れていたことが発覚しました。

『さくら』だけではなくて他の子たちの話もしました。

火葬をしてくれるおばちゃんが前回の『かえで』を覚えてくれていました。

『かえで』みたいにキレイに骨が残るといいなと思いお願いしました。

『かえで』ほどではないけど何とか残ってくれました。

拾えるだけ小さくても拾いました。

あまり懐いてくれなかったけど長い分とても寂しいです。

 

『さくら』、11年間生きてくれてありがとう。