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ネオミーナの生還記

私はとうとう、避け続けていた『抗がん剤』
を打つ流れとなってしまいました。


「今まで、乳癌がどんなに痛くても
絶対に抗がん剤だけは『治療の選択肢』の中に入れていなかったのに・・・
『ガンを切らずに縮める病院』
だと安心して選んで、はるばるやって来たのに・・・
初日から、なんで抗がん剤なの??
本当に、嫌でたまらない。
今までの苦労が水の泡になってしまわないかなぁ・・・?
せっかく育てて来た免疫力が全滅してしまうのでは?本当に 大丈夫??

でも、ここで抗がん剤をしないと温熱の治療してもらえないかもしれない。
さっきの◯◯◯テストでは、私にピッタリで副作用が無いって事だし・・・
どうせ逃れられないんだから、前向きに抗がん剤を受けよう!受けるしかない!!
よし!どうせ受けるなら、プラセボ効果を最大限に発揮しよう!!」

と、気持ちを切り替えて
お爺さん医師が決めた抗がん剤
私にとって、初めての抗がん剤
『カルボプラチン』
を少量、点滴すると決め、試して帰ってきました。


確かに言われた通り、吐き気も全く無く
髪も本当に抜けず安心しました。


ところが、抗がん剤を打ったその夜は
ガンが痛くて痛くてのたうち回りました。
私は、効果を確実に感じました。


そして、痛み止めを断ったのを後悔しました。
(痛み止めも、免疫をやっつけてしまうと信じていたので。)


ガンになってから
痛み止めを全く使用せず頑張っていましたが
2回目の通院の日(1週間後)には、痛み止めをもらうようにしました。
(それでも痛すぎて、あまり効果は感じられませんでした。)


《今 サバイバーとなったからこそ分かる事》

★私が持って行った紹介状は、自然療法の病院からの内容で
自然療法の病院には、乳腺外科の紹介状は持って行っていません。
→という事は、私の乳癌のタイプも分からないまま
調べもせずに『カルボプラチン』での治療が始まったという事です。φ(.. )
(そのお爺さん医師は、癌患者にはカルボプラチンと決めていたみたいです。)

★乳癌治療の本に書いてある抗がん剤治療で、そのカルボプラチンだけの治療は
載っていませんでした。(・・・という事は?)

★それなのに、半年後に判明した事ですが
私にとってカルボプラチンは、奇跡を起こしていました。
(後に、効果を紹介します。)

【闘病年表*:..。o○☆゚】

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━─━─━─━─━─闘病年表━─━─━─━─━─
2010年 
2月 胸のシコリに気付く
3月 受診(直径1cm。良性の特徴で詳しい検査無し。)
11月 乳がんと診断(トリプルネガティブ。リンパ節に転移有り。)
12月 民間療法スタート[ガン放置療法:食事療法(断食含む)]
〈開始時 直径4cm〉

2011年 
4月 代替療法スタート[ガン放置療法:温熱治療]
〈開始時 直径11cm(壊死を始める。肺に水も溜まる。)〉
10月 手術を決意

★この時期です。

[標準治療選択・手術不可能]
11月 抗がん剤治療スタート
〈開始時 陥没状態。〉
(開始2週間後、余命一ヶ月と宣告を受ける。)

2012年 
3月 手術可能になる
(抗がん剤の効果を体験。)
4月 乳がん手術成功(全摘手術)
5月 再発予防の術後抗がん剤スタート
8月 再発予防の術後抗がん剤終了
(術後治療終了後、3回の講演会)
11月 脳転移発覚(3㎝ 1個)後
ガンマナイフ手術を受ける。

2013年 
2月 脳転移消滅確認

2014年
11月 乳がんプチ講座再開
現在 経過観察中