独り言のようにブログを書きます。
不愉快な気持ちにしてしまったらすみません。
今回は食事に関しての記憶を整理しつつ書いてみます。
私の記憶の中で、食事の時間が楽しかった、このご飯を食べられて嬉しかった、と思ったことや美味しいと噂の新しくできたお店にいってみたい、などと思ったことがありません。
そしてこの頃、そもそも食事の時間や食事をすること自体が好きではないと思っていたことに気づきました。
思い返してみると、幼稚園からご飯を食べることが遅かったです。
(その時代は母の手作りだったため、お弁当箱の大きさで調節していた)
小学校に入ってからは給食を食べるため量は調節できませんでした。
低学年の時には昼食を食べたら下校する時もあり、その場合は給食→掃除→下校だったため、掃除の時間と重なり、食べることが遅い私はホウキやモップで床をはいていたり、黒板を消しているなかで食べていました。
(低学年の掃除の時間は掃除用具を持ちながらかけっこして、それを先生が怒鳴っているような色々目まぐるしい時間)
それでなんとなくプレッシャーを感じたり、汚い中で食べるの嫌だなあと思ったり、自分自身が掃除当番だった時は食べるのが遅いせいで掃除に参加できないことが本当に嫌でした。
(みんなは掃除当番をサボりたかったみたいですが、逆に私は早く食べ終わって掃除している人が羨ましかったです笑)
高学年になってからは歯の矯正をして(その後計8年継続した)よく葉ものが挟まったため、更に食事が嫌でした。5,6時間目があるから早く食べなきゃ、早く食べなきゃと毎日思っていました。
(今も早く食べなきゃとは毎回思います)
友達関係や担任の先生の関係もあり、学校すべてが嫌でした。(これは関係ないですね笑)
給食もおかわりして、友達と仲良く外で元気よく遊ぶ、というのが典型的な子供のイメージ(私の勝手)でしたが、私は何一つ当てはまりません。
給食をおかわりしたことは6年間の中でアイスクリームが出た日に一回だけです。
(じゃんけんに勝ってアイスクリームをゲットできて嬉しかったです。)
中学に入ってからはいじめられていた時期もあり、中1~2初めは食べる相手もおらず、食べたくもなかったので部室に避難してお昼も抜いていたこともありましたが、中2後半から高校では友だちにも恵まれ皆と食べられる(少量で遅いですが)様になりました。
でも食事のことで精神的に楽だったのは、1~2年のお昼を抜いている時だったかもしれません。
お昼を食べないとこんなに快適な時間がたっぷりあるんだ、昼休みって長いんだなぁ、早く食べられる人は毎日毎食こんな気分なのかなぁ、、、などなど
156cmで28kgだったときもありました。
それより、家での食事の時間は毎回地獄でした。
母は自分自身を料理が下手と思い込み、あまり料理をすることも好きではないようでした。
私がご飯を食べるのが遅いのは、自分の料理が美味しくないからだと思っていた様なのです。
料理をすることが好きでもないのに一生懸命、新しいメニューや、同じ野菜炒めでも味付けを変えておいしくしようとしたり、食卓がお皿で見えなくなるくらい品数を増やしてなんとか食べてもらおうと必死なようでした。
(私は食べることが遅いだけで外で出てくる一人前の8割くらいの量は食べられるので、そこまで少食でもないと思うのですが、あの量を作り、自身は普通に食べていることから、母から見たら私は少食なのかもしれません。)
外食に行ったら一人前を食べるのに、なんでママの料理は全部食べないのか、と泣かれたこともあり、ますます全部食べなくてはいけない状況でした。
でも最近まで家で出てくる料理が多いだけで、自分は案外少食ではない、ということに気がつきませんでした。
そして給食の時にも言えることですが、残すという選択肢がそもそも自分の中にありませんでした。(先生に怒られたり、作った人や動物に申し訳ないなど考えたりしました、、、勿論そうなのですが、あそこまで気持ち悪くなりながら食べても、、、という感じです。)
はじめから盛る量を少なくしたら?と母に言われて少なくしたら、そんなに減らすの?と言われ、またできない雰囲気、、、
(はっきり主張できない自分もかなり悪く、被害妄想ですよね、今から考えれば、、、でも小学校の時にはその感情で精一杯でした)
そしてご飯は家族全員で食べるもの、テレビは消して、家族で会話しながら食べる、ということが原則(しつけ的にはその通りすぎる)
でしたので、みんなが食べ終わった後、私が食べ終わるのを待たれているのも嫌でした。
雰囲気も、食べられない自分にたいしても。
とにかく毎食一時間以上はかかる様な始末で、一日三食(今は朝も食べない家も多いみたいですが、必ず用意されてあり、要らないと言っても絶対に用意されているので早々に一日二食は諦めました。)というのが苦痛で負担で、こんな全部食べるのを強制する儀式は嫌だな、と毎回思っていました。
食べ終わっても、こんなに食べて次のご飯の時間までにお腹すくかな?とかそんな不安ばかり、、、
大袈裟ですが、1日3回の恐怖の儀式に向けて、一日中悶々としていました、
次回に続きます。
不愉快な気持ちにしてしまったらすみません。
今回は食事に関しての記憶を整理しつつ書いてみます。
私の記憶の中で、食事の時間が楽しかった、このご飯を食べられて嬉しかった、と思ったことや美味しいと噂の新しくできたお店にいってみたい、などと思ったことがありません。
そしてこの頃、そもそも食事の時間や食事をすること自体が好きではないと思っていたことに気づきました。
思い返してみると、幼稚園からご飯を食べることが遅かったです。
(その時代は母の手作りだったため、お弁当箱の大きさで調節していた)
小学校に入ってからは給食を食べるため量は調節できませんでした。
低学年の時には昼食を食べたら下校する時もあり、その場合は給食→掃除→下校だったため、掃除の時間と重なり、食べることが遅い私はホウキやモップで床をはいていたり、黒板を消しているなかで食べていました。
(低学年の掃除の時間は掃除用具を持ちながらかけっこして、それを先生が怒鳴っているような色々目まぐるしい時間)
それでなんとなくプレッシャーを感じたり、汚い中で食べるの嫌だなあと思ったり、自分自身が掃除当番だった時は食べるのが遅いせいで掃除に参加できないことが本当に嫌でした。
(みんなは掃除当番をサボりたかったみたいですが、逆に私は早く食べ終わって掃除している人が羨ましかったです笑)
高学年になってからは歯の矯正をして(その後計8年継続した)よく葉ものが挟まったため、更に食事が嫌でした。5,6時間目があるから早く食べなきゃ、早く食べなきゃと毎日思っていました。
(今も早く食べなきゃとは毎回思います)
友達関係や担任の先生の関係もあり、学校すべてが嫌でした。(これは関係ないですね笑)
給食もおかわりして、友達と仲良く外で元気よく遊ぶ、というのが典型的な子供のイメージ(私の勝手)でしたが、私は何一つ当てはまりません。
給食をおかわりしたことは6年間の中でアイスクリームが出た日に一回だけです。
(じゃんけんに勝ってアイスクリームをゲットできて嬉しかったです。)
中学に入ってからはいじめられていた時期もあり、中1~2初めは食べる相手もおらず、食べたくもなかったので部室に避難してお昼も抜いていたこともありましたが、中2後半から高校では友だちにも恵まれ皆と食べられる(少量で遅いですが)様になりました。
でも食事のことで精神的に楽だったのは、1~2年のお昼を抜いている時だったかもしれません。
お昼を食べないとこんなに快適な時間がたっぷりあるんだ、昼休みって長いんだなぁ、早く食べられる人は毎日毎食こんな気分なのかなぁ、、、などなど
156cmで28kgだったときもありました。
それより、家での食事の時間は毎回地獄でした。
母は自分自身を料理が下手と思い込み、あまり料理をすることも好きではないようでした。
私がご飯を食べるのが遅いのは、自分の料理が美味しくないからだと思っていた様なのです。
料理をすることが好きでもないのに一生懸命、新しいメニューや、同じ野菜炒めでも味付けを変えておいしくしようとしたり、食卓がお皿で見えなくなるくらい品数を増やしてなんとか食べてもらおうと必死なようでした。
(私は食べることが遅いだけで外で出てくる一人前の8割くらいの量は食べられるので、そこまで少食でもないと思うのですが、あの量を作り、自身は普通に食べていることから、母から見たら私は少食なのかもしれません。)
外食に行ったら一人前を食べるのに、なんでママの料理は全部食べないのか、と泣かれたこともあり、ますます全部食べなくてはいけない状況でした。
でも最近まで家で出てくる料理が多いだけで、自分は案外少食ではない、ということに気がつきませんでした。
そして給食の時にも言えることですが、残すという選択肢がそもそも自分の中にありませんでした。(先生に怒られたり、作った人や動物に申し訳ないなど考えたりしました、、、勿論そうなのですが、あそこまで気持ち悪くなりながら食べても、、、という感じです。)
はじめから盛る量を少なくしたら?と母に言われて少なくしたら、そんなに減らすの?と言われ、またできない雰囲気、、、
(はっきり主張できない自分もかなり悪く、被害妄想ですよね、今から考えれば、、、でも小学校の時にはその感情で精一杯でした)
そしてご飯は家族全員で食べるもの、テレビは消して、家族で会話しながら食べる、ということが原則(しつけ的にはその通りすぎる)
でしたので、みんなが食べ終わった後、私が食べ終わるのを待たれているのも嫌でした。
雰囲気も、食べられない自分にたいしても。
とにかく毎食一時間以上はかかる様な始末で、一日三食(今は朝も食べない家も多いみたいですが、必ず用意されてあり、要らないと言っても絶対に用意されているので早々に一日二食は諦めました。)というのが苦痛で負担で、こんな全部食べるのを強制する儀式は嫌だな、と毎回思っていました。
食べ終わっても、こんなに食べて次のご飯の時間までにお腹すくかな?とかそんな不安ばかり、、、
大袈裟ですが、1日3回の恐怖の儀式に向けて、一日中悶々としていました、
次回に続きます。