4月14日(火)、例の爺さんが住んでいたアパートの前を通った。
ベランダに置いてあった物が取り払われ、窓がしっかり閉まっていた。
入り口のドア付近にごちゃごちゃと置かれていた物もなく、すっかり綺麗になっていた。
やっと後見人が遺品整理会社を呼んでくれたのですね。
5日ほど前にも、爺さんのアパートの前を通りかかったのですが、その時はまだ荷物は置いてあったので、この5日間のどこかで行われたのでしょう。
爺さんの猫も、どこかで保護されていることと思います。
あの猫は凶暴なシャーシャー猫なんだけど、見た目はとっても愛らしいので、良い里親さんが見つかると嬉しいのですが・・。
これで、母の住んでいたアパートには、もう1人しか住んでおりません。
建物自体が古いので、大家さんはその方がいなくなったら、アパートを壊す予定なのだと思います。
1つの時代が終わったって感じ。
寂しい。
母の場合は、私が全部責任を持って全て対処できたのですが、爺さんの場合(私は赤の他人ゆえ)、何をすることもできず、ただ見守ることしかできなかった申し訳なさが残ります。
でも、これでもう終わりですね。
後は、爺さんを思い出すことで供養したいと思います。
死ぬ時は何も持っていけないんだな、ということを実感しました。
シンプルに生きていきたいと思います。
私は、母&爺さんの住んでいたアパートの周辺を歩くのが好きです。
母の想い出の香がするから・・・。
いつも私の後ろからゆっくりと歩いてついてきていた母。
今でも振り向いたら、そこに居るんじゃないかと、何度も振り返る。
いるわけないだろっ!
いたら、いたで怖いしっ!
1人ツッコミし、半笑いで涙する私。
カタルシス効果として機能しているのだと思います。
時間が経つにつれ、徐々に思い出の香りは薄くなっていくけど、それはそれで健全なことなのでしょう。













































































































































































