ここ1.2年結婚ラッシュで結婚式に招待されることが増えました。
そこで毎回感じることがあります。
「この親子、本当にお互いが大好きで大切なんだな。両親からたっぷりの愛情をもらって育ったんだな。」です。
新郎新婦の関係ではなく、新婦と両親、新郎と両親の関係に1番幸せを分けてもらっている気がしていました。
なんなら毎回そこに感動して号泣しています…笑。
そして思うんです。
私自身お金にも苦労なく、食事も与えられたし、家族間も全体的にはみんな仲良くて、家族旅行にも行っていて、幸せだったはずなんです。
でも愛されていたって感じないんです。
私自身も式と披露宴を行いました。
新婦なので両親に手紙を書きました。
今までありがとうの気持ちですが、本当に感動的なこと?ひとつも出てこなかったです。
「たくさん旅行に連れて行ってくれてありがとう」「毎日ご飯作ってくれてありがとう」「部活の試合の日は送り迎えをしてくれた」こんな感じです。
もちろん感極まって手紙が読めなくなるところなんて1箇所もありませんでした。
友人の披露宴では、「進路に悩んでいるとき親身に話を聞いてくれた」「悲しいことがあったときただただそばにいてくれた」「一人暮らしをしていて寂しかった時に、電話越しの声から察してくれてどうしたの?とたくさん話を聞いてくれた」などなど具体的で、両親と距離が近いエピソードが多いなと感じました。
一方の私はというと、そもそもこんな心に寄り添ってもらった、寄り添ったことはなかったなと思っています。
心の距離は遠かったと思います。
そこで親からの愛情について考えるようになりました。
まず私たち家族の距離感です。
多分周りから見た私たち家族は「いつもニコニコで家族旅行も多くて仲良し」だと思います。
実際そうだと思います。
でも表面的な関係だったかもとも思えます。
家族旅行は私が大学生になっても連れて行かれました。
中学生の頃から部活を休んでまで行きたくないと言う気持ちが出てきて一度伝えたことがあったのですが、「家族旅行に行くのは子どもの義務だから行かないという選択肢はない」と言われました。
親から「子どもの義務」という言葉で家族の時間を作らされることが多かったのですが、私は両親がいないとご飯食べられないし学校にも行けないから感謝しなきゃいけないという考えから従っていました。
多分感情だけでいったら納得していなかったんじゃないかなと思います。
家族旅行は楽しいのですが、毎回ヒヤヒヤはしていました。
それは父の機嫌を損ねることです。
家族みんなで過ごしているときに父の機嫌が悪いのはとっても居心地が悪いです。
少しのことで怒鳴るし、投げやりに話すし、私たち子どもに「誰のために連れて行ってやってると思ってるんだ」と反論できないことを言ってきます。
実際は行きたくなかったとしても、私たちを楽しませようと連れて行ってくれてると思ったらもう何も言えません。
だからこそ私たち子どもが全力で楽しんでいる姿を見せて少しでも機嫌を損ねないようにしなければなりませんでした。
実際楽しいは楽しいけどそれ以上にオーバーに楽しさを表現していたと思います。
帰りがけの「また行きたいな!」の言葉は義務でしたね笑。
幼い頃からの呪いもあります。
多分私が覚えていないくらいすごーーく小さい頃から「私は父のことが1番好き」と刷り込まれていたと思います。
思い出してみても「誰が1番好き?」と聞かれたら「パパ」と答えなきゃいけないと思っていましたし、ママよりパパが好きじゃなきゃいけないと思っていました。
これは年長さんの頃の記憶です。
そこに疑問はなかったのですが、ただただそう思っていました。
少し大きくなってもそれは続きました。
「私はお父さんっ子だもんね」と聞かれて「うん!」と何度も答えた記憶もあります。
中学生くらいの頃。
すでにお風呂は1人で入っていた頃。
着替えているときにお父さんが入ってきて幼心ながらとっても不快だったことを覚えています。
でも傷つけまいと咄嗟に身体を隠すこともなく普通に会話をしました。
リビングに行くとその話を聞いた母が(その場に父もいます)「私は今でもお父さんとお風呂入れるくらいだもんね!多分お母さんたちが言わなきゃ何歳まででも一緒に入ってるよ!」って私に言ってきました。
私は「当たり前じゃん」と答えました。
心は絶対無理でした。
でも傷つけないために、父のことが大好きな私であるために態度には出しません。
ただその会話にとても気持ち悪さを感じたことを覚えています。
ちょうどこのときくらいからです。
あれ?私って父のことそーんなに好きってわけでもないのになんで父が1番だよって思う子どもを演じなければならないの?と思い始めました。
なんなら母が1番好きでした。ずっと。
そしてやっと父1番の呪いに気が付きました。
でもこれは母が望んでいることなので演じるのはずっと続けていました。
多分父1番じゃないと父の機嫌悪くなるんだろなとも察していました。
この呪いをずっとかけ続けていたのは母です。
母は自分はいいからとにかく父を持ち上げたい人です。
父の機嫌を損ねたくないからだろうな〜と私は思っています。
機嫌を損ねると空気が悪くなりますしめんどくさいですからね…笑。
普段一緒に過ごすことが多い母よりも子どもに好かれるって優越感すごいんだと思います。
だからこそ長年子どもで父のご機嫌をとっていたんだと思っています。
そして私もそこに加担して父のご機嫌を取るために幼い頃から仲のいい家族を演じていたのかもしれません。
途中からは自分の意思で父のご機嫌取りをしていたんですけどね笑。
ちょっとのことですぐ怒鳴るし高圧的だし怖かったので。
私にとって1番辛く、今でも当時の私が出てきては泣いている出来事がありました。
高校1年生の後半です。
この時期には文理選択があり、将来の目標に合わせて文系か理系が科目を決めます。
私は小学生の頃からずっと変わらないなりたい職業がありました。
そこに就くには文系科目を選択しないと関係する大学、学部に行くことはできません。
(専門学校や私立はNGでした)
文理選択の提出用紙には親からのサインが必要でした。
私は迷わず文系に丸をつけて将来この職業に就きたいからと言ってサインをお願いしました。
そこからです。
父からすごい剣幕で捲し立てるような話し方でこの選択を批判してきました。
職業批判はもちろん、文系批判、この夢を持った私の人格否定、俺の子じゃないみたいなことも言われました。
当時はまだやっぱり両親に見限られたら何もできない、嫌われたら捨てられたらという恐怖が強かったのだと思います。
泣きながら「理系にします」と言いました。
その後父は「これは自分で選んだんだからな!自分から理系にするって言ったんだからな」と私が自分で決めたことを強く強調してこの話は終わりました。
そこからは夢も何もないので父が決めてきた大学を受験してそのまま進みました。
友達には「理系科目が得意だから理系にしたんだよ」と言っていました。
そして自分にもそう言い聞かせていました。
自分だけ反対されて選んだなんて恥ずかしくて知られたくありませんでした。
…とまぁこの話自体は私ももし大学に行ってその職業に就きたくないって言ったときに潰しがきかないから路頭に迷ったら可哀想とかそんな感じの親心かなと思っていました。思い込んでいました。
でも違ったんです。
大人になってから親と子どもの頃になりたかった職業について話題に上がったとき、その話をしたら両親は私のなりたかった職業を知りませんでした。父だけじゃなく母もです。
(母は当時父が早く機嫌を治すことだけを祈ってたんじゃないかな笑)
あんなに否定したのに知らなかったんです。
私が夢を伝えて進路を決めようとしたのに。
知ってて潰したんじゃなくて、ただ親は自分が思い描いている道にただ進めたいがためにぶったたいたんだと知りました。
そして挙げ句の果てに「まぁ結局普通に就職できていい旦那さんを見つけられたんだから結果オーライじゃん。よかったじゃん。」と言ってきました。
それ親が言っていい言葉ではないです。
当時の私が納得できていません。
今の私はもちろん今幸せだし後悔ないと思って生きています。
それでももしあのとき自分の心に従った選択をしていたらどうなっていたかを考えることはあります。
並行世界の自分を想像してしまいます。
少し脱線をしてしまいました。
つまりどういうことかというと、両親は私自身のことを考えて愛しているからこそ過剰なことをしてしまったわけではなく、ただただ自分の引いたレールを進んでほしかっただけということがそのとき分かりました。
私自身がを見ていたのではなく自分の子どもとして見ていたんだなぁと。
そりゃ長年心の距離が縮まるわけないやと腑に落ちてしまいました。
うちの家族は父が願う通りの家庭を築き、父が願う通り子どもを成長させるがモットーだったということです。
父が願う通りの家庭は、家族みんな仲良し(見せかけでも)である。
私たちが気を遣って作り上げていることは知らないと思うし、母も当たり前だと思ってるからその自覚はないのだと思います。
父が願う通りの子どもは、自分のことが1番好きで自分が正しいと思っている道を進ませること。
この家庭に子どもの意思はあまり存在していなかったんだなと思います。
父への忖度のみ育まれた感じですね笑。
私たち家族の実態は『父が願う通りの仲のいい家族を表面的に演じている人たちの集まり』でした。
ここまで育ててくれたこと本当に感謝しています。
ただそこに愛情はなかった(少しはあったかもしれないけど)。
見せかけの家族仲だったことが分かりました。
ずっと父の機嫌を気にし続けている母。
私はそれでも母には同情します。
私も高圧的に突発的にブチ切れる父が怖くて同じようにご機嫌をとって生きてきました。
そんな母ですが、私の娘の世話をしたり、娘のことで頼られることに嬉しさを感じているそうです。
これから一生父の機嫌を伺いながら息の詰まった生活になるのであれば気分転換はさせてあげたいです。
うちも共働きだったりするので、必要な時は母を頼って日々を過ごしています。
母と2人で話すことも増えて母とは心の距離も少し縮まりそうな気はしています。
ここから母とだけでも本当の家族に近づけたら愛情を感じることができたら子どもの頃の私が喜ぶ気がします。
これからもこの問題について私はまだまだ悩みそうな気はしていますが、文字にして少しスッキリはしました。
いつか全てを自分の中に落とし込めるといいなと思っています。