今日は木曜日ですねー!
明日は金曜日で明後日が土曜日、そして次の日は国民の休日の日曜日
ですが、宅浪生は毎日が言えば休日な訳ですが、しっかりと計画を立てて自分にムチを打ってやればだらけることはありません!
しかし、ここ最近の私は音楽を聴いたり、新聞を読んだりと世間の人からみると、いかにもニートみたいな生活を送っていますが、実は1つ1つやっていることには意味があります!
受験生の方には、特にきいてもらいたいんですが、ただただ勉強量を増やして勉強時間を増やして勉強法を身につけたからといって成績が伸びるとは限りません(*_*)
実際、私は昨年1日10時間ほど机に向かって勉強をしてた記憶がありますが、いっこうに成績は伸びませんでした。
大学受験の勉強はもちろん第一は志望校に合格するためですが、それだけでは本当の意味での勉強をして成績もある程度まで伸びるかもしれませんが、いつか限界が来ると思います。
私は、昨年の反省から勉強ともう1つに精神面、つまり自分の心を育てるトレーニングも大切なことに気づきました、
かつての私は勉強一本で、勉強というのはつらく苦しくいわば修行のようなものであると思っていました。
でも今この修行に耐えておくといつかきっと報われる時が来ると信じて、ただひたすら勉強に取り組んできました。
これがいけなかったように今となっては思います。
ただただ、辛いしんどい毎日が日々続き、ストレスが自分の知らず知らずのうちに募りにつのって、それが表面に現れるようになったのです。
いっていませんでしたが、私は心の病を抱えています。
タイトルにはポジティブのような明るい悩み1つないように書いてありますが、実は心の傷を抱えています。
それは、今まで自分を省みずただ勉強だけに全てを捧げた結果得た代償でした。
ただ、勉強が悪いといっているわけではありません。私の1つ1つの考え方、私自身に問題がありました。
そして、勉強は苦しいもの、つらいものと思っていたことも大きな間違いです。
勉強は本来、楽しく、学ぶことはヒトの生きがいであります。
今の私達人間が誕生するまでにはそれまでの間、学ぶことを繰り返して、自身を進化させてきたからこそ、今私達は言葉を話し、食べ物を採集してたべ、そして他の仲間と意志疎通をはかり、感情を共有し互いに笑ったり泣いたりと表情も表すことができます。
これはNHKのドキュメンタリーでみた、人類の起源というようなテーマの映像をみて感じたことですが、学ぶということははるか昔から繰り返して行われていました。
それが今では学ぶことをイメージの悪い、そしてやり方にも少し問題のある、勉強という風な言葉を用いているから、学力の低下がどうのこうのとか、勉強勉強という親御さんがいたりとか、何か大きく道が外れているような違和感を私は感じます。
長くなりましたので、まとめますと勉強は学ぶことであり、成績や順位を競うものではありません。そういうものをつけるとしたら結果論であって、結果は後からついてくるものです。
結果を求めて勉強をすると、とんでもない過ちに気づき、気づいたときには大きく落胆失望すると思います。かつての私はそうでした。
本当の意味での勉強は、知らないことを知っていき、自分の見える視野を広くし、自分の中の世界を豊かにするものだと思います。
こういった風に私はとらえているので、私は大学受験の参考書をガリガリやるより、現在ではニュースや新聞をみて、世間の出来事をはじめ、色んな分野で活躍されている先輩方のことを知り、そしてこんなことがあるのかと気づいて、これらに学んでいます。
そして、これはもちろん本来の目標、趣旨が同じである受験にも、成績として現れて来るだろうと確信しています。
私は、一度大学受験に失敗しましたが、それだけでなく人生全体からみても勉強に関しては大きな挫折をしました。
そんななかで気づいたことが今回話したことです。
これはまだまだほんの一部でありますが、少しでも皆さんに知ってもらい、私と同じように後で後悔されたり、間違った方向に進んでもらいたくないので、今回このブログを通して伝えようと思いました。
大変長くなってしまいましたが、最後まで読んでいただき有難うございます。
感想や思ったことがありましたら、メッセージを送っていただければ、出来る限り返信させていただきます。
最後まで有難うございました。