このところ雨の日が多い。そろそろ東京も梅雨入りなのだろう。
里中多恵は階段を上り改札口を抜けるとエスカレーターを走るように下って、混雑している1・2番線上りプラットホームへ降りた。
雨の日のラッシュアワーは気が重い。こうしてプラットホームに立っているだけで、すれ違う人の傘やレインコートなど、そこらじゅうの水滴が服を濡らす。
とにかく今日は風が強かった。
川をまたぐように掛かるプラットホームはまるで風の通り道であるかのように、強風が吹きぬける。屋根のかかっているホーム内にも霧状になった雨が吹き込んでいた。
(線路の上にも屋根がかかっていればいいのに)
多恵はねずみ色の空を仰ぐと、キッと睨みつけた。
戸塚駅では、東海道線も、横須賀線も、湘南新宿ラインも、すべて同じホームに到着する。近隣の横浜駅や大船駅での乗り換えはホームを移動しなければならないのに比べると、乗換えがスムーズ。故に、横須賀線から東海道線、湘南新宿ラインなどへの乗り換え客などでも駅は混雑していた。
人とすれ違うためには、どうしても体が触れ合ってしまう。
体格のいいグレーのスーツがすれ違ったとき、びしょ濡れの傘が多恵の大柄模様のスカートをかすめて行った。
「もう。買ったばっかりのスカートなのに――台なしだわ」。
多恵はスカートに付いた水滴を手でパシパシと払いながら、大きな溜め息を付いて振り返り、グレーのスーツも睨みつけた。
その日、多恵は一番前に並べた。これはラッキーだ。
(もしかしたら、今日は座れるかもしれない)
限りなくゼロに近い期待を胸に、湘南新宿ライン入線のアナウンスを待った。
「一番線に電車が参ります。黄色い線の内側でお下がりください――」。
そのときである。多恵は、誰かに背中を押された。
いや、偶然押されたのとは違う。意志を持った強い力で線路に押し出されるのを、多恵は感じていた。
「あっ…」。
多恵は反射的に小さな声を発すると、線路に横倒しになるように落下する。
反射的に周囲から悲鳴が漏れた。
「痛ぁーい。もう、何なのよ」。
半身を起こすと両腕と太もも、ふくらはぎのあたりが痛かった。どうやら鋼製のレールに強打したらしい。肌蹴たスカートを整えて、強く打った太もものあたりを擦りながら、少しの間、呆然と空を見ていた。
――体、何が起こったのだろう。
今の状況が、多恵にはすぐに呑み込めなかった。彼女が我に返ったのはそれから少しあと、ホームから悲鳴が聞こえた時だ。
「電車が来るぞ!」
「早く上がって!」
声に促されるように線路のかなたを見ると、そこには私が乗るはずの電車が見えた。それは確実に多恵に迫っている。
足が思うように動かない。転落したときに頭を打ったのかくらくらと眩暈もする。
(こんなことって、こんなことって――)
「逃げなきゃ。早く、逃げなきゃ」顔を歪ませながら、力の入らない足を擦った。
動け、動け――お願い動いて!
そこに迫る危機に、多恵は思わず目を閉じた。
助けて――。
大きな警笛と激しく擦れあう金属音と共に、電車はホームへと滑り込んだ――。
≫≫続きは、6月10日 また、読んでくださいね。

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※この物語はすべてフィクションであり、著作権は國枝真理にあります。
里中多恵は階段を上り改札口を抜けるとエスカレーターを走るように下って、混雑している1・2番線上りプラットホームへ降りた。
雨の日のラッシュアワーは気が重い。こうしてプラットホームに立っているだけで、すれ違う人の傘やレインコートなど、そこらじゅうの水滴が服を濡らす。
とにかく今日は風が強かった。
川をまたぐように掛かるプラットホームはまるで風の通り道であるかのように、強風が吹きぬける。屋根のかかっているホーム内にも霧状になった雨が吹き込んでいた。
(線路の上にも屋根がかかっていればいいのに)
多恵はねずみ色の空を仰ぐと、キッと睨みつけた。
戸塚駅では、東海道線も、横須賀線も、湘南新宿ラインも、すべて同じホームに到着する。近隣の横浜駅や大船駅での乗り換えはホームを移動しなければならないのに比べると、乗換えがスムーズ。故に、横須賀線から東海道線、湘南新宿ラインなどへの乗り換え客などでも駅は混雑していた。
人とすれ違うためには、どうしても体が触れ合ってしまう。
体格のいいグレーのスーツがすれ違ったとき、びしょ濡れの傘が多恵の大柄模様のスカートをかすめて行った。
「もう。買ったばっかりのスカートなのに――台なしだわ」。
多恵はスカートに付いた水滴を手でパシパシと払いながら、大きな溜め息を付いて振り返り、グレーのスーツも睨みつけた。
その日、多恵は一番前に並べた。これはラッキーだ。
(もしかしたら、今日は座れるかもしれない)
限りなくゼロに近い期待を胸に、湘南新宿ライン入線のアナウンスを待った。
「一番線に電車が参ります。黄色い線の内側でお下がりください――」。
そのときである。多恵は、誰かに背中を押された。
いや、偶然押されたのとは違う。意志を持った強い力で線路に押し出されるのを、多恵は感じていた。
「あっ…」。
多恵は反射的に小さな声を発すると、線路に横倒しになるように落下する。
反射的に周囲から悲鳴が漏れた。
「痛ぁーい。もう、何なのよ」。
半身を起こすと両腕と太もも、ふくらはぎのあたりが痛かった。どうやら鋼製のレールに強打したらしい。肌蹴たスカートを整えて、強く打った太もものあたりを擦りながら、少しの間、呆然と空を見ていた。
――体、何が起こったのだろう。
今の状況が、多恵にはすぐに呑み込めなかった。彼女が我に返ったのはそれから少しあと、ホームから悲鳴が聞こえた時だ。
「電車が来るぞ!」
「早く上がって!」
声に促されるように線路のかなたを見ると、そこには私が乗るはずの電車が見えた。それは確実に多恵に迫っている。
足が思うように動かない。転落したときに頭を打ったのかくらくらと眩暈もする。
(こんなことって、こんなことって――)
「逃げなきゃ。早く、逃げなきゃ」顔を歪ませながら、力の入らない足を擦った。
動け、動け――お願い動いて!
そこに迫る危機に、多恵は思わず目を閉じた。
助けて――。
大きな警笛と激しく擦れあう金属音と共に、電車はホームへと滑り込んだ――。
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