9/30(火)

旧暦8/9は柴差日



疑問だった答えがあった。

なぜ柴差で魔除けをする必要があるのか

何か怖いとか悪いものなのか

なぜこの時期なのか



1731年 王府発行 〝琉球国旧記

公事の項に行事が書かれています。



地域によって日はさまざまであったが

首里一帯では

旧暦8月9日を柴差、10日を折目、

11日はヨーカ日としていた。



柴差日〟と〝赤飯丘登

昔、兼城按司に娘がいた。

年十六であったが秋八月死去した。

それで金峯に葬った。



三日して

安平田という者が雨やどりをした時

墓の窓から

寝ているうちに間違って葬られたので

家へ知らせるよう頼まれた。



家では招魂通語事をしようと

ユタが赤飯を霊前に供えて拝みはじめたところだった。



ユタは外間崎へゆき、桑の小枝と

ススキ=俗にげえん(我伊奴)をとって、妖気のおはらいをして家へ帰った。



その晩、なおも妖気があるのを恐れて

ユタに桑の枝とススキを持たせて

高い所に登って周りを眺めさせたが

安らかで心配することはなかった。



このことはめでたいことなので

特に聖上もきこしめされ

王殿以下民家に至るまで

桑とススキを家にさして

妖気を払うことになった。



この月になると初めて豆がみのる。

新米に豆を加えてかしちぃを作り

先祖にお供えし、

父母や親戚に贈ってお祝いをする。



一説には

秋はあらゆる物がとりいれられ

金気殺盛の月なのである。

それゆえつつしんで潔斎するのだ。



この月が農村の遊び月になったのは
おそらく新米を収穫したあとだから。
豆も収穫される実りの時期でもあり、
収穫に感謝を込め、
赤飯を先祖にお供えし、
親しい人に贈り合い、
これまでの農作業を労り、
獅子舞、踊り、綱引きなどの
行事で楽しんだのかも


シバサシも魔除けが先行するけど
怖い物じゃない。
娘が生き返り
妖気はらいをしたまでの一連が
めでたいこと、良いことだったから
王から民まで
妖気のおはらいが行事に加わった。


行事は時代で意味合いが加わったりしてくるだろうから、色々混ざってくるのかな?


11日のヨーカ日は
農村の一休みや労いと
遊び騒いで
妖気をはらう意味もあったかな?


1719年徐葆光 中山伝信録〟
巻六風俗には、


この期間、口論などをすれば、

蛇に噛たれると信じられていたようで、

〝この国では蛇は九月に出て、

人が噛まれると即死する〟

とあります。

蛇(ハブ)が遊び騒ぎ気が大きくなった人々のケンカの抑止力になったのかな?
あくまで潔斎に!なんですね!


シバサシが八月十日に固定されたのは

尚敬23年以後(1735年以後)

なんだそうです!



⬇️ 沖縄県島尻郡南風原町兼城716−1

怖くて先行けなかった😄



おもしろいんだ!

自分で調べて感じると

自分にしか感じない答えが出てくる✨



今度は月見の話です🌕