沖縄の宗教を知りたい

  • 沖縄の成り立ちの由来話はどこが先か。
  • 宗教や拝所などの時代・流れ・関係性など
  • 知ったあと自分でどう感じるのか。




沖縄の民族学は

琉球国時代後半に博物学が発展したように

琉球が日本に組み込まれた後

日本から学者が来たりして

研究されたのかなと勝手に思ってますが

どうなのかな?




まだちょとしか読んでませんが

民族学の研究が盛んになった当時、

学者の研究には途中経過〜結論に

少し変化があるようでした。

メモ本を読みながら書きとめていくので

テーマを読み終わるまで

この記事の内容は変更が多いと思います。




1️⃣沖縄の他界観

柳田國男 山中他界観

死後一定年限をおいて浄化された死霊は
山上ですべて融合して神となり、
毎年時を定めて里におり子孫を庇護する観念。

利害の一致しない家々の為に
庇護支援を与える神といえば
先祖の霊を除いてそう沢山はあり得なかった。

折口信夫 常世の国

南島では先祖の聖地は海の彼方または海底。
死の島常世国に集まるのが祖先の霊魂で
男と女と各一種類の霊魂に帰り
単に村の祖先として戻ってくる。
ニライから訪れるマレビトは、
祖霊であり妖怪であり、神々である

伊波普猷


①ニライカナイの場所
琉球神道記巻五や、遺老説伝に
収録されている〝にらい婆〟の話を例に
〝ニライは底つ国(海の底)にあると考えられていたが、海の底を突き抜けて到達する場所とも考えられていたらしい〟


 ニライカナイの語源説
日本民族北進説が可能だったとするなら

〝にるや〟は古代インド語の
〝遥かに隔たり離れた所の義〟
通過した地方の影響を受けたことも考えられる


③ニライカナイの主神
〝かないの君真物〟
には異称がある

  • ニライの大主 年神様(稲の神)
  • ニライの大主の分身である火の神
  • 奥武に出現する荒神
  • 伊平屋の祝詞・八重山に見えるマヤの神
  • 伊平屋、大島のテルコ神


火の神が鎮座している場所
  • 聞得大君御殿
  • 三殿内及び祝女殿内
  • 国つ神と共に祀られている
  • 竈のあるところ


⑤国つ神とは
国つ神は島に常住する神(滞在神)のこと
王者や英雄などが祀られている。
イベ墓、嶽杜、神あしあげ、根所、殿


⑥ニライカナイが
北方に推定された理由

  1. アマミの語源は古代北九州の海人部(あまべ)であり、南下して奄美以南の南に移動した。アマミ、アマミヤにちなむ嶽名、嶽の神名、神女の名の分布が沖縄本島北部〜西北諸島に濃厚なのは、最初北端に上陸したから(日本文化の南漸)
    ニライカナイに関する儀礼が同じ地域に濃厚に分布していること。


  2. 鉄器など新しい文化をもたらせた移住者がやってきた方向であること


⑦ニライカナイが
東海中に推定された理由

  • 第一尚氏の根拠地である東方(佐敷、知念、玉城)での祭祀が勢力を得たため


柳田國男

①ニルヤの語源説

日本民族のルーツは稲作の民であり

宝貝の魅力に大陸から宮古に渡ってきた民族が、稲作の適地を求めて南島を経て北上した


ニルヤ〟の〝ニ〟は根であり
根国とルーツを同じくする考え。
日本民族の他界観の古い形は
南島にのこる東方浄土ニルヤであろう


ネノクニとは

日本に古くから伝わる死者の国、
海の彼方に隔絶して稀稀に生者も往き通うと信じられていた第二の世界が
古典においてはネノクニである



折口信夫

日本民族の成立・沿革・移動などに対する推測から、海の他界感がまず起り、後に天空世界が有力になり替ったと見ている。




柳田・折口 対談での結論1949
南島をふくむ日本人の他界観

  1. ニライカナイは常世あるいは
    海神宮観念の原型とみなされる

  2. 山中他界感は九州以北で
    後代に成立した観念

  3. これらの他界はもともと祖霊のゆきかう聖所でもあると目されていた