FireCracker

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個人の完全なる日記。Please comment or your opinion freely.

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先日、ボブディランを見に行った。おっさんだった。
でも懐にしまいこんでいるものは、もはやそこらにいるおっさんのものではない。
ブルーズだった。ギタリストが調子悪かったのが残念だったけど。しかし、生きている彼を見れて嬉しかった。

そして、僕は短かったけれど1つのことを終わりにした。
戻したというべきか。それは今でも分からない。
誰がいいとかわるいとかの問題ではない。そう、それは自然に思って決断したことである。
当事者から見れば複雑な気持ちがいりまじっている気がしたが、赤の他人から見れば単純な構造である。
これまでそれについて、ある人は歌にして、ある人は小説にして、ある人は映画にしてと、記録してきた。
それを直で感じると、なんと切ない気持ちなのだろうか。

引きずりたくはないが、ある期間は引きずってしまう。
しかし、終わりではない。次へのスタートと思えるようになりたい。

「息の仕方をしっているだけでも奇跡だぜ」
「君は大きな存在。」
「愛しかない。それだけが世界を回している。」

ディランは素晴らしい。
私はよく「スリムよね~。」といわれる。
スキニーにパリッとしたシャツをほぼ毎日着ているからそう見えるのかもしれない。
自分でそういう格好が好きだから良いのだけれど。

しかし、実際はそうではない。
腕や足には、あんまりお肉はないが腹は違うのだ。
意識しだしたのは、ほぼ3年前からであるが。

そして現在では。

30インチ→?(でも明らかに+)

になってしまった。

思うような格好ができない・・・・。
なぜこんなことを思ったかというと。
先日、ユニクロへ行きUJを買おうと思った。
2色の31インチを持って入ったのだけれど。
ちょっとお腹がきつ★〇×(w)。

相方さんに見せると「ちょっときつめじゃない?」

ということで32を試着して帰宅。

そして、1日2日履いていたら伸びた。そうしたらスキニーじゃなくてスリムストレートになってしまった。

で今日、もう1回ユニクロへ行って30と31を履いたらシルエットはこっちの方が良い。

自分のウエストがよく分からなくなってしまった。
30、31だとあれだけど、32だとゆるい。
うーん。きついので我慢すればいいんだけど、当たるのが気になるんだよなぁ。

まぁ結果的にはダイエットすりゃ良いって話なんで。
親父と同じ食事メニュー、すなわち野菜漬けの日々が始まりました。
自分のウエストって難しいわね~。維持するのも。親父は若い頃はやせていたけど、年をとるごとに太っていったので大いに同じ道をたどる可能性がある。あなおそろしや。

あと、最近は日本昔話にはまっています。必ずyoutubeで一話を見てしまう。怖いのがちょっと良い。

そして28日にはボブディランのライブ!
すごい楽しみ。ロックレジェント系のライブはおととしのthe who以来。

画像は私の憧れポールウェラー!
こんなかっちょいい男になりたい・・・。$FireCracker
もはや誰もこのブログを見ていることはあるまいと思う。

ここ数ヶ月の間は、以前と書かれている日記のような生活だった。
デイケアに向かい、プログラムをこなして帰宅という。

しかし、それでも日常には変化が現れるわけで。
まず1つは帰宅の際に必ずウォーキングで2駅歩くようになったこと。
案外、続けられることである。

そして2つ目は、女性から初めて告白というものをされたということだ。
その彼女は34歳という僕と年齢差が11歳もあるのだけれど。
付き合ってみると、僕より年下なんじゃないかというくらいの表情が時折見える。

「恋愛なんてしてる場合か」と思ったけれど、何事も経験ということで一歩踏み出してみた。
この関係はどうなるのか、自分でもよく分からない。そして、互いに色々と解決しなければならない問題はあるが、先の事は考えないで日々を過ごすことにしている。

しかし、そろそろ本当に時期が来たと思っている。一歩を踏み出すときだ。

街でスーツ姿でもどうにもこうにも学生にしか見えない人々を見ると気持ちは焦ってしまう。

「自分はこのままでいいのだろうか。自分も同じように行動をしなければならないのではないだろうか。」

このような思いと共に

「自分にはそれに耐えられる精神力と体力があるだろうか。」

という不安な気持ちが葛藤を起こしている。

僕は人より優しすぎるのかもしれない。だから、精神的に弱いところもあるのだろう。
しかし、それを受け入れるという表現は違うかもしれないが、それを今の時点では踏まえなければなら
ない。うーん、でもちょっと違うか。

まぁいい。自分にできることを一つ一つ積み重ねながらやっていくしかない。

シュウカツという現場に飛び込んだとしても、自分がよく分からないままシュウカツをするよりは、もしかしたらいいのかもしれないと思っている。シュウカツはアピール力も求められる。人としての魅力は十分あるのに、アピール力がないばっかりに落とされ続けて、自己を否定し、自分を見失ってしまうことも多いのだとある人が言っていた。結局は、自分は自分でしかないのだ。

自分で答えを決めることがこんなに難しいとは、23年間生きてきて知らなかった。
いつも答えが明確に存在すると思っていた。

それは違うのだということをまざまざと思い知らされている。

自由、選択。これがどれほど難しいのか。心に沁みてくる。


かいじゅうたちのいるところを見た。

予告編が1番面白いなーと思ってしまった。

オープニングは最高によかった。主人公の男の子のマックスが家中を走り回るところ。
躍動感があっていい。「これからどんな感じだろう。」と思わせる。

しかし、マックスが家を出てかいじゅうたちのいる島につくところから、雲行きが怪しくなる。
かいじゅうと戦争ごっこをするシーンは素晴らしい。臨場感と躍動感がある。
そして映し出される映像もすごく印象的だ。しかし、ストーリーが微妙すぎる。
中途半端な感じ。そして、エンディングも中途半端。何が言いたいのか分からない。

音楽と映像は良かったけど、ストーリーが中途半端ということに。

あらー。残念。
動物が好きな僕はこのドラマが好きである。

最近は病院へ行き、デイケアで過ごしたりする書くほどのことはない毎日を送っている。

そして最近、思うのである。

もう十分休んだのではないかと。

強迫神経症(程度で言うと中の上)という災難をふりかぶって半年以上の月日が過ぎた。

現在進行形でもあるが、当初は恥ずかしくてたまらなかった。
シュウカツという誰でも苦しむ時期にこんな災難に出会ってしまって他人からは「なんて弱いやつだ。」と思われるのが嫌だったからだ。あと同情されるのも嫌だったので周囲の人間にどうやって理解してもらえばいいか非常に悩んだ。急性期は非常にひどく、人に会うこともできなかったが、病状が落ち着いてくると普通の状態にある。だから、あんまり理解されにくい。

あとはまぁ休んでる間も「何やってんだろう俺は。」という自責の念が襲ってくる。
これに対処するのも嫌だった。「だったら働けよ。」と言われても、そうは簡単にできないから非常にめんどくさい。

とまぁこんな感じで半年が過ぎて。

そろそろシュウカツもしないとやばいのではないかと思っている。時期も時期だし。

そろそろ自分でも色々復帰してもいいでしょと思うのでドクターにその旨を告げてみた。

「もうちょっと様子を見ましょうか。」

うーん。困った。