感情を書きとめようと、目覚めてすぐにノートとペンを探した。
端に折り目がついてるくたくたのルーズリーフと
油絵の下書き用のB5の鉛筆を辛うじて見つけた頃には、
おぼろげな記憶は消えていき、書くことが鬱陶しくなって
ルーズリーフと鉛筆を投げ出して布団にもぐった。
とても健やかな夢だった。
高揚感とか興奮したとかじゃなくて、
日常でこんな会話を誰かとできたら幸せだなって思ったんだ。
オランダの男性に異性として好かれている夢で、
(夢ではなく現実で、自分ではヨーロッパ系の外国の人に好かれると
思ってる。完全自己申告制。)
そのオランダ人にそんなことしちゃだめよってたしなめたり、からかったり。
言いたいことを言っても、受け入れてくれる懐の広さを感じて、
とても安心してお話ができたんだ。
怯えないで人と話すことが、ここ10年くらいできなくなってきた。
同姓と話してても、『笑ってあげないと』っていう、つくった顔をみていると
どんどん醒めてきて思考が働かなくなり、仕舞にはどもる始末。
太宰治式に、話す人と横並びになって、目の前の小川やら枯れ葉なんぞ
見つめながら話してみようかな。
普段は寡黙なのに、この方法をとると饒舌になると書いていた。
実践してみよかな。初めて太宰の本が生活に生かせそうです。
『豊かな明日へ 暮らしのヒント~太宰治を読む~』
なんて本が発行されたら目を疑いますけど。
編集者の桁外れな着眼点のずれに激昂するか、
冒険的な悪趣味に共感するかのどっちかでしょう。