らしいです。
まじで??
「中絶問題」でぐぐると2番目に出てくるサイトで、
「On Abortion 中絶について考えるページ」というので、
金沢大学の大学院の方の研究が紹介されているのですが、
日本における中絶件数が
年間に30万件
というのは、
2分間に1件
のペースで中絶が行われていることになる。
そうです。
まじで??
って思いますよね。
それだけの件数があってなぜ社会問題になってないのでしょうか!?
中絶は「罪」という意識が女性に働き、中絶した人は、精神的苦悩を少なからず経験するのに、日本では何のケアもされていない現状をこの研究者は問題視しています。
「中絶は恥」という意識があり、自ら中絶体験を語らず、自己責任にしてしまうことも、中絶問題が社会問題化せず、医療機関も政府も何もしないという事態に陥っているのではないでしょうか。
その研究者が言うには、中絶は罪とするのは、ごく最近のことらしいです、水国用もごく最近できたとか。日本人はキリスト教が欧米ほど普及しているわけではないので、女の人が望まない妊娠をしたとき、子供の似命を選ぶか、自分の人生を選択するかで、すごく葛藤して、そのこと自体もものすごく精神的ストレスになるんだって。
科学技術が発達して、胎児が超音波で可視化できるようになったことが、さらに【生命を殺す】という罪の意識を助長しているらしいです。
トラウマになってしまう女性に対しては、自らの経験を語らせるカウンセリングが有効らしい。中絶体験談サイトが日本ではものすごく発達しているとか。
やっぱり匿名だしね。
そこでは「お空の赤ちゃん」とか「天国で見守っていてね。」とか「またお腹に戻ってきてんね」とか「非科学的なことを言う人が多い」って冷静に分析されてたけどね。
ザ☆冷静!!社会科学者だもの。
そこのサイトのリンクで、中絶した人向けのカウンセリングメルマガがあって。
中絶経験があるあなたに 女と男の心のヘルスー癒しの心理学 なんたらかんたらってやつ。
でもそこの文章ですごく印象的なのがあって。
中絶を選ばなければならなくなった状況をどんどんさかのぼっていくの。
なぜ避妊しなかったということを考えていくと、男性がコンドームをつけるのを嫌がったから、拒否できなかったから
嫌といえなかったという理由があるのかもしれません。
確かに相手の男性も思いやりがないですが、ここできっぱりと嫌といえない女性の側にも心の問題があります。(心理学的には誰かをせめても解決しないと強調しておきます。)
ってとこから解決策として、
子供時代と今は違い、「嫌」といっていいことを自分に許可する
っていっていて。
確かに自分自身と重ね合わせて考えてみると、昔から【いい子でいなきゃいけない】とか【他人の望むことをしたい】って意識が強くて。
「自分勝手になっていいんだ」
「わがままでもいいんだ」
自分が嫌って思うことを「嫌」って言うことは、悪いことじゃないんだって。
と思うと同時に、「いいこ」っていうのは、単に「親や教師にとって育てやすい子・都合のいい子」なわけであって、決して人間的にできているとか、優れているってわけじゃないとおもった。それと同じように、「男の人にとって都合のいい子」にもなりうるわけで。
ちょっと悲しくはあるけどね。
ひとつのものさしだけではない
最近よく思うこと。
既存の基準に違和感を感じるなら、自分の基準を信じていいと思う。
世の中の正しい・間違っているなんて、所詮は他人が作った基準だから。
そのためには、きちんと自分が確立されていなきゃいけないけどね。
自分がどうしてなにをしたいか。なにになりたいか。なにをめざすのか。
嫌なことには嫌って言う。
それでどう思われても、たとえ嫌われても、
それはそれまでのつきあいの人だったんだなって思う。
自分の人生。私の人生。あなたの人生。
主役は自分なんだから。