Joseph・ Hubertus・ Pilates
(1880-1967)
病弱であった幼少時代から独学で解剖学を学び、さまざまな健康法や運動を実践することで病気を克服し、健康な体を手に入れた。
この経験をもとに、後にコントロロジーと呼ぶ独自の健康法(ピラティス・メソッド)を考案。
1925年、アメリカに渡り、ニューヨークでコントロロジーを教えるためのスタジオを開く。
そのユニークなメソッドは、ニューヨーカーたちに受け入れられ、さまざまな業種の顧客を得る。
とくに、バランシンや当時のモダンダンスのパイオニアたちが、ダンサーのコンデショニングとして取り入れた。
しかし、ピラティスの熱心な働きかけにもかかわらず、コントロロジーが医療や教育の場で正式に採用されることはなかった。
彼は、「自分のメソッドは50年早かった」と言ったという。
1967年、86歳で死去。
ピラティスのコントロロジーは、現在、世界の主要国すべてに普及し、医療現場での採用も徐々に進んでいる。
(CONTROLOGYより)
