
ペルテス病発症
一人息子、当時、9才の時、、
学校の帰り、友人の肩を借りながら、、
びっこを引いて帰って来た。
冷や汗をかいて、痛みに耐えて、、
おかぁさん、、僕の痛みが分からない
でしょう?
成長痛かと、、最初は、思ったけど
簡単に考えないで欲しい、、 との、サインに感じる、、同時に
発熱、、少しでも、、良い病院に
ちょっとでも、名医に、、

親心と、直感が、、私を遠くの
信頼の置ける大病院に走らせた

直ぐにレントゲン検査、、
すると、、、息子のレントゲン写真に
数人の医師のシルエットが、、
カーテン越しに分かる。
私は、今から、尋常じゃない
宣告を受ける?
胸の鼓動が、速くなる、、
震えが止まらない。
私、1人が、、受け止める事が?
冷静に、、しっかり、聞けるの?
最悪の事が頭をよぎる、、
そして医師は私に、、
このレントゲンを、見て下さい。
左の股関節の骨頭が、、明らかに
腐って、潰れている状態です。
この病気は、何十万人に1人の
難病です。
此処では、治療が難しいので、
紹介状を、書きます。
検査を、、終えた息子の目に、、
涙の跡が、、痛みに耐え、怖さに耐え
声も、あげず頑張った事が分かる
私が変わってあげたかった

股関節の、骨の一部が腐って、
再生するまで、、完全な、
車椅子生活を数年強いられ、
装具固定をして、リハビリ生活
しかも、、親から離され、
専門病院で、そこから、学校に通う
その事を、、説明された様に思う。
必死だった、、
現実に向かう気持ちになることが、、
可愛い我が子が、苦しむ姿、、
私が、逃げ越しになるわけには
行かない。
気持ちを、奮い立たせ、、
冷静さを保つ。
難病の子供たちが全道から、集まる
大病院。措置入院。
入院が、決まり慌ただしく、
時間が過ぎる。
まず、着るものは、上から、下まで
20枚ずつ。揃え、全てに布で、名前
を書き、縫い付け作業。
しかも、、2日で

すべての準備が整った、、
明日は、入院と言う夜、、
息子が、くっくっ
もしや?

もしや? 泣いてる
きっと寂しくて、、

きっと寂しくて、、 ママちゃんの方が、寂しくて、
泣いてしまいそう、、
なのに、、、
うちの子は、
「眠れないから、羊数えてたらね、
99匹目まで、いったら、一匹
逃げちゃった」
そう言って、笑っていたの

全く、この親にして、、

なら、一緒に探しに行くかぁ
この子なら、、乗り越えられる。
この状況に、置いても、想像の
世界で、遊ぶ事が出来るのなら、、
私に…気持ちの整理整頓を、
落ち着きを、与えてくれる息子。

何時までも、クヨクヨしてらんないと
私は、切り替える、
でも、、初めて、息子を病院に残し、
帰る時、、車の中で泣いてしまった

駄目な、かぁさん



その直後から、息子の闘いが始まる

まず、装具は、ウェストから、両股関節
をカバーした作りに、なっていて、
両足は、車椅子の下には、下ろせない
為、車椅子の上に板みたいな物が、
付いた、特別なペルテスカーと言う
車椅子に、乗り、日常生活を送る。
トイレは、両腕の力だけで、
腰の高さに、合わせたトイレに、
ずり這いで移動し、用を足す。
日中は、院内の設置された
学校に通いながら、、リハビリ生活
治療法は、それだけだが、、
今までの、歩ける生活から、一変、
忍耐、忍耐の日々、、

育ち盛り、活発な盛りに、、
我が子ながら、良く頑張ったと思う。
そして、、その順応性には、脱帽した
面会に行くと、、車椅子を
既に、、自分の身体の一部の様に
乗りこなしている。

早い、早い、クルクルっと、、
縦横無尽、行動は、、
妨げられてはいない、、

それでも、、いろいろな事があった
まず、私がいつでも、
電話して良いから。と、テレカを、
どっさり、渡しても、、
2年間で、数回のコールだけ
何でかけて来ないの?
私が聞くと
「だって、おかぁさんの声
聞いたら、、余計に寂しくなるから
彼は、いつも、そう言ってた。
そして、、
面会して、別れる時、、
見てしまった、、
声を、殺して泣いて居る息子
私たちに、泣き顔も、見せない
帰りたい、、と
言ってくれたら、、ひたすら
耐える姿は、現実をしっかり、
見据え、闘っている。
なら、、私たちも

負けるわけには行かない。
最愛の息子へのエールは、
私が、常に笑顔で居る事、
太陽の様に、明るい存在で居る事
車椅子で、、連れ出し可能になると
サクランボ狩りや
旭川動物園、
ディズニーランド
何処にでも、連れて行ったなぁ
最初の頃は、、
ちょっと変わった車椅子に、
視線が、集まり、ジロジロ
見られる、度に息子は、、
急に、、元気なくなったり、
食欲無くなったり、、
車椅子に乗った人でも、
そうじゃない人でも、、
その価値は、変わらない。
友達として、、変わらない。
ジロジロ見ちゃうのは、、
ただ自分とは、
ちょっと、違うから、不思議なだけ
それだけの事、、、
おかぁさんが、、貴方の価値を分かる
貴方も、自分の価値を分かりなさい。
時間をかけて話した。
大切な存在であると、、
ようやく、、自信を取り戻した
彼は、環境にますます馴染み、
2年間を、乗り越える事が出来た
退院後は、中学は、バトミントン部
高校生活は、剣道部と、、
青春を謳歌している。



この世に生まれてくれて、
歩ける事、笑ってくれる事、
元気で居てくれる事が
当たり前のようで、、決してない、
生きていてくれる事も、、
人は、いろいろな考え、
そして、、感じ方があるが
失った事や、現実を嘆くよりも、、
今、感謝すべき事に感謝して、
一つ一つ、噛み締めて生きていこう
愛する息子が教えてくれたから
