四つん這いを続けても、胎児の頭の向きは改善しなかった。
私の体力に限界が近かった。
「どうすれば、治りますか。そのためならなんでもします」
「……椅子で頑張ってください」
「……」
もう、とにかく終わって欲しかった。
どれだけ辛くてもやり切るつもりで椅子に座った。
揺れ続けた。何度も死ぬかもしれないと思った。
陣痛が来るのが怖くなっていった。
それでも、「前だって耐えられた。今度も耐えられる」と自分に言い聞かせて、椅子を揺らした。
なのに、胎児の頭の向きは改善しなかった。
「カノープス!!早く下りてきて!!」
私は人目も憚らず、叫んでいた。
そして、だんだん眠くなってきた……
13時30分 陣痛促進剤開始
体力が足りなかったのか、陣痛が遠のき始めた。
陣痛促進剤を入れることになった。
陣痛が戻ってきた。
私は相変わらず椅子の上だ。
たくさんの助産師さんが来て入れ替わり立ち替わり、お腹を触ったり、内診して、様子を確かめていた。
集まって何事か話し込んでいる。人数は少しずつ増えていった。
14時30分くらい? ベッドの上に戻る
助産師さんが何やらお腹を押し始めた。
首の向きだけでなく、体の向きもおかしいらしい。
それを治しているらしい……私のグラグラは効果がなかったということでよろしいか。
先生がやってきた。内診を始めた。
明らかに今までと内診の方法が違った。
手を、というか、もはや腕をガッツリつこんで、指で何かを掴もうとしているのがわかった。頭の向きを強引に直そうとしているように感じられた。
なお、腕を突っ込まれても痛くなかった。
人がどんどん増えた。先生が三人、助産師さんはたくさん……そう、たくさんだ。何人いたのかよくわからないくらいだ。
近くに助産師さんに
「もうすぐですか?」
と聞くと
「はい、もう出します。いきみますよ」
と言われた。やっとかよ!!!
まもなく、麻酔が打たれ、会陰切開が行われた。
この時になると、もう、会陰切開だろうが、帝王切開だろうが好きにしてくれ。とにかく早く出してくれ。になっていた。
麻酔のせいか、陣痛の方がよほど痛いからなのか、会陰切開は全く痛くなかった。
「陣痛がきたらそのタイミングでいきんでください」
と言われた。
数時間戦い続けたおかげで、陣痛がきそうになるとわかるようになっていた。
陣痛がきた。いきんだ。
私は驚いた。
人生でこんなにも体に力が入ったことはなかった。陣痛パワーとでも呼ぼうか。陣痛はこのためにあるんだってはっきりわかるくらい、タイミングが合うと力が出た。
ギリギリと音が出そうなほど、歯を食いしばった。
陣痛が去り、私は力を抜いた。
「はい、深呼吸してー。赤ちゃんに酸素送ってー」
深呼吸。陣痛がきたらいきむ、去ったら深呼吸。
これを繰り返した。
5いきみくらいしただろうか。子はまだでない。
「頭は出るんだけど……引っ込んじゃうねえ」
先生の声が聞こえる。どうやらいきみのたびに頭は出るが、いきみの波が引くと引っ込むようだ。
「吸引、クリステル」
バタバタと部屋の中がさらに慌ただしくなったように感じた。
助産師さんが私の脇に来た。
先生はカップがどうのこうのと言っている。
「はい、いきんで!」
タイミングが来て私はいきんだ。
助産師さんが私のお腹を押している!!
(クリステルとは外からお腹を押して胎児を押し出す処置である)
「カップ大きすぎた。一つ小さいの出して」
先生が指示を出す。次のいきみがきた。
よくわからない、ちょっと出たっぽい?
「はい、いきんで!」
いきむ。終わる。深呼吸。
「首に臍の緒が巻きついてます」
先生が何かをしている気配。これで取れたかな?という声。さらに、臍の緒2周、という声。
あ、今まで臍の緒のせいで出なかったのか、なら、あと少しで終わる!!と思った。
またいきみ。深呼吸。いきみ。深呼吸……まだなの?
「臍の緒、まだ巻いてます」
「え、うそ?」
おそらく先生同士のやりとり。臍の緒を取り外すような動き。
息も絶え絶え……何周でもいいから、早く全部取ってくれ、と思った。
「今、どこまで出てますか?」
私の方からはどれくらい出ているのかサッパリ見えなかった。
「今肩まで出てますよー」
……!!
結構出てる!!
さらに、いきみ。いきみ。
「はい、いきんで!もう出ますよ!」
まじか!
「もっといきんでー」
陣痛が去りそうになる。が、いきむ。
「もう少し!!」
なんとか振り絞る。陣痛が去る。
「もう一回、あと足」
もう、陣痛パワーないよ!!と思いながら、もう、いきめてる実感はないけれど、とにかく踏ん張ってみる。
15時33分 何かが、股の間から取り去られた。生まれたのだ。
「産声くらいあげんか!」
それが私が息子にかけた第一声だった。
泣かせるためにおしりぺんぺんが始まるのか、と思ったが、そんなことはなく、少し遅れて産声が聞こえた。