8年ぶりのお産。


出産の記録だけは絶対残しておきたくて、記憶がリアルに残っているうちに残しておこうと思う。

3回目も上の子達と同じ西川医院で産みました。

距離があるので毎回健診に通うのがしんどかったけど、やっぱりここは実家のような場所。

他の産院を探す気にはなれませんでした。


さて順調に39週2日目を過ごしていた6/17きんよーび。
まだ産む気のない私は次の日にまつ毛エクステのメンテナンスを予約していて、楽しみにしておりました。

木曜日から少し出血があり、まだ止まっていなかったのでお産近いのかしら…とドキドキしつつも、今回の妊娠は出血を何回か繰り返しながら乗り越えてきたのでまたそれかもなーなんて思って血が止まって日常生活が続く事を夢見ておりました。

いつも通りに過ごし、学校から帰ってきた娘と塗り絵で遊んだり洗濯物を片付けて夕方から子供達の習い事へ。
1時間半の空手のレッスン、全部付き添うか送迎だけにするか悩んだけどもゆっくり見てあげれるのも今のうちかもしれないし見学することに。
デカいクッション持ち込んで、自宅かのようにくつろぎながら見学。仕事が終わって到着した仲良しママさんと来週は産まれてるかなーなんて呑気にお話しながら過ごす。

この頃はもうお腹が苦しくて苦しくて、生きてるだけで疲労感がすごかったから習い事が終わった時に感じたしんどさがお産の前兆だったのか臨月末期による為だったのかが不明。
ただただ凄く疲れてお腹が張りまくってて、今日の夕飯は簡単にするぞと簡単に買い物を済ませて帰宅。
炊くとき混ぜるだけで出来るoisixのサンマの炊き込みご飯with蕎麦。

なんだか陣痛らしきお腹の張りを感じて陣痛カウンタースタート。
とりあえず先にお風呂に入る事にした我々一家。
もしお産となるとゆっくりお湯に浸かれるのは次いつになるか分からん!の気持ちで湯船にゆっくり浸かる私。

ムスメッコが夕飯の時に飲もうとした水筒のお茶が空っぽで、コップにお茶を入れに行くのが面倒くさいと些細なことで機嫌が悪くなり悪い態度に…パパに爆怒りされる事件発生。


この時点で陣痛らしきお腹の張りはなんだか定期的。間隔がそう、定期的。不規則じゃないのである、嫌な予感しかしない。


2階ですねるムスメッコに、もしママ今日赤ちゃん産むことになったらしばらく会えないんだよ拗ねるのやめなさいと諭す。まさか事実になるとは信じたくない気持ち。


一連の夜の流れの中の背景すべてにうっすらと陣痛のような痛みがあり、陣痛カウンターを常に起動。

いややー私明日マツエク絶対行くねんと言いながら寝室へ。

この時すでに10分間隔を切っているんですねー。

旦那に説得され、観念してこれは陣痛だよねーもう行くしかないと判断したのが夜中1:44。

トイレへ行くと褐色だった出血が鮮血に。あーこりゃ本陣痛であると確信と同時になぜか出る鼻血。なんで今鼻血やねんと鼻にティッシュを詰め込む陣痛妊婦。

マツエク行きたかったとまだぼやく。

子供達は今回コロナの影響で立ち合いが出来ないのでバービーにお願いすることとしてお眠り中のまま残し、私達夫婦は病院へ。


高速道路がね、いつものルートがね、6/1から3年間の工事に入っているおかげで遠回りのルートなの!なんてタイミングなの!3年て!

と思いながら陣痛の波が本陣で間違いない事をお尻で感じつつ、今から産むであろう事を報告しておきたいみんなにポチポチと連絡。

高速道路から見える工業地帯の夜景が綺麗だなーなんて思う余裕は、アリ。


そして3時前には病院へご到着。

PCRの綿棒を渡されて自分で鼻をこする。

よかった…グイッと突っ込まれるわけじゃないのね、と覚悟してた痛そうなやつ1個スルー出来てよろこぶ。



助産師さんによる内診開始、痛過ぎて足開けとか力抜けの指示に従えるわけがないのよー無理なのよー。


この助産師さんちょっと怖めやったなぁ。

結局のところいい人やってんけど、初対面の時内心おもったのは(うわ!こんな怖そうな人当たってもた!ハズレやん!なんで今日陣痛きちゃったんだ!)←失礼

とりあえずその痛い痛い内診で分かった事、子宮口2センチ開いてます。


え、2センチ?こんなに痛いのに?嘘でしょ?


このまま待機?帰宅?今日はやっぱり産まない?

色んな事を考えている私が案内されるのはどうやら分娩台。


あ、やっぱり産むのね…と旦那に電話。
なんとここから彼は車待機で何時間も過ごす事になるのであーる。

何もかも脱いでガウンに着替え、いざ分娩台へ。

階段登るルート、地獄。

思わず突然「パンダが憎い…あんなデカいくせに…」と謎のパンダ憎い発言を漏らし助産師さん困惑(笑)

痛い、痛い、痛い!確かな陣痛を感じる。

痛みのレベル10段階のどれくらい?と何度も聞かれる。

5という事にしておこう。


分娩台でしばらく陣痛に耐えながら、でもまだ耐えられる程のやつやなぁと思う余裕あり。

その後2回めの内診でなんとまさかのまだ2センチ。

えぇぇ嘘やろぉ?!


でもここで助産師さんのナイス判断、「経産婦さんは進み出したら早いからもう麻酔入れましょう」

4センチになるまで入れれないと思ってたので、もう入れて貰えるなんてと嬉しすぎる誤算。 

麻酔なしでの内診は2回で済んだのである!陣痛来てる時にされる内診が地獄すぎて無理すぎたので2回だけで済んだ!と心の中で小躍りしたよ。


麻酔をする為にドクターが現れ、今回院長ちゃうんやなーと少しがっかり(失礼)


局所麻酔のチクンですら我慢できず怒られる私。
いたいもん全般無理なんですー!と思いながら、大きな苦しいお腹を抱えて頑張って丸くなる姿勢を維持。
チューブが無事入りました!

ここからは麻酔がどんどん効きます。
陣痛はほぼ感じません、しあわせ!
例の紙に現れる波を見ながらささやかなお腹の張りを感じつつ、延々と前のモニターで繰り返されるハワイのドキュメンタリー動画を見続ける。
もう内診もへっちゃら、これが一番嬉しかった。
途中で助産師さん私の股に手を突っ込みながら居眠りするハプニング発生。夜勤お疲れ様です…

4センチしか開いてない…が長くて促進剤の併用が決定。
点滴で促進剤、お股には陣痛計が設置、途中で羊水少なめだから足すねーと人工羊水追加。

こないだの健診では羊水の量しっかりあったのに減っちゃったのねーとうっすら思う。

朝の8:50くらい、旦那がずっと車待機なのを心配していたら助産師さんが待てる場所を作ってくれる手配を。

ありがたや。

ずっとiMessageで旦那とやりとりをし、応援してもらえてちょっと元気出る。

助産師さんの夜勤の方々が交代の時間となり、9:30くらいに担当さんがチェンジ。


子宮口の開きがまだ足りない私は一度陣痛室へ移動。

陣痛室へ移動したあと左手には抗生物質の点滴が。

陣痛計がお股に刺さっているので感染症にならない為にと説明を受ける。

両腕に点滴、心電図のケーブルが肩甲骨あたりに、麻酔のチューブが背中から、指に酸素濃度測るやつ。もうケーブルだらけなん私。

人造人間製作中みたいな状態である。

麻酔の影響で熱が出始め、38度超えはじめたあたりから寒気で足元が冷えた感じがする。助産師さんいわく触ると熱をもってるから冷たく感じるのは私だけみたい。


陣痛室で、どんどん感じる陣痛に麻酔が弱まっているのではと焦る私。

実際には麻酔は定期的に追加されていたので、麻酔を凌駕するキッツイ陣痛が訪れていたらしい。麻酔を追加して頂きこの痛みからは解放されました。ほんまに無痛分娩すばらしい。

そしてあっという間に子宮口全開!

再び分娩台へ大移動。


移動する時のケーブル類のわちゃわちゃたるや!

外せるやつは一度外し、点滴は助産師さんがもち、麻酔は私が抱える感じ。

「いのちの麻酔!」と言いながら麻酔を抱き抱える私。


分娩台に舞い戻ったのが11時くらいかな、お隣ではいきむ声が。時を同じくして産まれそうなベビーがお隣にいる事に感動。

私はいよいよ分娩目前となり、謎のパニックに。

怖くてたまらんけど何が怖いのか不明、とにかく怖いよーと涙を流して助産師さんに励まされる。

旦那はちゃんと来てくれるのか、もう呼んでくれたのかと確認。部屋の前にもういてますよと言われて安堵、はよ隣に来て欲しいよーと時計を見ていたらお隣の子がお産まれに!なんと11:11、いいなぁーゾロ目やぁと謎の羨ましさを感じる私(笑)

余裕あるんだか無いんだか。


いよいよ旦那が入って来てくれ、私はまた涙が止まらず酸素マスクをあてがわれる。

赤ちゃんしんどいからしっかり酸素送ってあげて!と呼吸の指導を受け鼻から息を!と言われるが、泣いてもうてるから鼻水出ちゃって鼻が使い物にならない。

ちなみにコロナ禍の出産ということで、病院についてからここまでマスクを一度も外していないし産む瞬間もマスクをしたままである。

汗と涙でどうしようもないマスクをつけてるので、その上から酸素マスクをつけてもろても効果をあまり感じないんよ。なんてこと。


あぁぁーと泣きながらブウゥーーと息をして、いよいよいきみます。

お姉ちゃん産んだ時はなんか穏やかに産み落としたような気がするんだけど、今回は8年空いてアラフォーとなった私の体力の問題かちょっとしんどかった。

上手上手と褒められながらも、いきんでもバブーが出てこない。助産師さん1人私のお腹をグイグイ押し出すではないか、これ初めての経験ね。

ちょっと赤ちゃんしんどいからこれでダメだったら吸引するねと吸引分娩の用意が始まるではないか。

吸引分娩ナニソレコワイと焦った私の本気が炸裂し、吸引分娩の準備開始から陣痛2回目のいきみ2回目

「前見て、赤ちゃんいるよ!」

と言われて目の前を見ると、居るぅぅー!産まれてたー!!


ハッピーバースデーのオルゴールが気持ち良く鳴り響きました。

本当は妊婦健診の予約を11:30に入れていた6/18の11:35、娘爆誕。


すぐ泣き声が聞こえなかったので、連れて行かれた娘が少し奥の台で処置をされる間「泣かへんねんけど!」と言って赤ちゃんから目が離せない私。気が気じゃなかったけど、元気な声が無事聞こえた瞬間すごく幸福な気持ちになりました。


よく頑張ったと泣いてる旦那に撫でてもらい、手を繋いでしばし余韻に浸る。

立ち合いが出来て良かった。

コロナ禍でなければ子供達も一緒に出来たのになぁと、時代を恨む。


モニターがハワイの動画から切り替わり、処置をされるかわいいムスメッコの中継に。

綺麗にして貰って気持ちよさそうにしてる様子を眺めながら余韻に浸る浸る。


その後綺麗になった我が子と旦那と3人で記念撮影をして頂き、旦那とはここでお別れ。


胎盤を出してもろて、お股の処理開始。

麻酔が効いてるのでどちらも平気だけど、ここで高熱が出てることの実感が…震えが止まらない。長らく発熱を経験してなかったから、お熱のしんどさにノックダウン。


ちなみに前回の無痛分娩では足に力が入らなかったけど、今回は最後まで足を自由に動かせるくらいでした。

前回は熱出なかったけど今回は出たし、同じ人間で同じやり方のお産でも毎回違う仕上がりなんだなぁーと思いました。


入院中は面会が出来ないので家族とは退院の日まで会えません。寂しいなぁーと思いながら、回復室へ移動。

発熱のしんどさには麻酔も効かないもんで、寒気との戦い。ちなみに前日から一晩まったく寝てないので体力限界的、やっと少し眠れました。


少しして出して頂いた産後のお疲れ様デザート的なのが最高に美味しかった。

白桃のジェラートと、選べるドリンク。飲み物も白桃のソーダにしました。桃三昧。

ほんまに癒された。


その後お昼ご飯をどうするか聞かれて食べれる気力が無かったので最初いらないと言うてしまったんだけど、助産師さんから食べれるものだけでもと声をかけて頂きお願いする事に。

西川医院特製のゴージャスなランチ出てくるやん、食べれるもの…全部やぁん!!

結局完食し、ご飯を食べたことで少し元気が出るというナイスな結果となりました。


5〜6時間は歩行禁止だったけど意外と早く歩けて、助産師さん付き添いのもと自力でトイレに行けたのでそのまま個室へ案内してもろて快適入院生活スタートです。

たぶんこれが最後の出産なので、色々と感慨深く過ごしました。


家族とFaceTimeを1時間ちょっとして、愛犬の様子も見れて通話終えた後の寂しさねっ。

娘は寂しくて泣いてしまったらしい。可愛いなぁ。

日記を継続してつけるのってなかなか難しいもんだなぁ。
と、ここ数年の忙しさを振り返って思う。

3人目の子供を産みたいと願って数年、なかなか授からなかったバブーを去年念願の妊娠!
10月に発覚して大喜びしたのも束の間、久しぶりの妊娠が思ったより過酷である事にすぐ気付く。

悪阻がはじまり朝の気分がとにかく悪い。
あと妊娠性鼻炎になってしもて、半端ない鼻炎との戦いが3ヶ月くらい続いたかしら。
小学生2人抱えて気持ち悪さを抱えて、堪えながらの朝食の準備と学校の送り出し。
1番しんどいときに毎日流れていた目覚ましテレビの「もすこしだけ〜もすこしだけ〜♪」の音楽にトラウマとなる記憶が植え付けられた(笑)
この曲を聞くと今でも頭を抱えたくなります。

テレビを消せって?
子供達が朝の目覚ましじゃんけんと今日のワンコを楽しみに、家を出る時間を自分達で把握していたので母が耐えてすむなら耐えたのである。
子供達を見送った後、そのままヨタヨタと仕事へ行ったのは数える程。
自分とバブーの命を1番にすると決め込んだ私は、傷病休暇を取りそのまま2月半ばまで自宅で過ごす事にしました。
福利厚生ありがたすぎた。
あと母性健康カードや診断書を気前よく発行してくれた産院にも感謝だった。

冬休みに入り、クリスマスの季節。
いつも通りツリーを出す気満々の子供達、まじかーと頭を抱える私。途中なんども座り込んでリアルに頭を抱えながらツリーを出したんやけど、小4息子が優しく優しく戦力になりすぎて感動したなぁ。
年を越し、お正月が来て…あっという間に時間が過ぎ去る日々。

仕事に復帰したのは2月半ばでしたが、産前休暇に残っていた有給をドッキングする形で3月後半には産休スタート。
つまり2022年は1ヶ月くらいしか働きませんでした。

希望の新しい部署で働くことが出来、充実していたけど時短が終わりフルに戻っていた事もあり過酷すぎるスケジュール。
無理をしないとズバっと決め、今優先すべきは家族と自分の体調と判断したことに後悔はないのだ。

そんなこんなで全力投球した妊娠期間、無理はしていないはずなのに出血を繰り返しウテメリンとダクチルを飲んで安静を言い渡される事数回。
産休に入ってからはほとんど横になる日々だったなぁ。

子供達お見送り→最低限の家事→寝室へ舞い戻るor1階に寝床を準備→子供達下校のギリギリまで横になる。
が毎日の日課。
家を整えたり買い物をしたりお友達に会ったり、をしたかったけどあまり叶いませんでした。しかたなし!

無事正産期に入ってから、もう産まれても大丈夫という安堵を胸にアクティブに過ごせたかな。
子供達をUSJに連れて行ってあげたり、お友達とランチをしたり。
毎日何か楽しく過ごせました。

ただもう陣痛が怖くて怖くて怖くて、お産にびびり悪夢を見続け、時には情緒不安定でふいに涙が出たり。
不眠で疲れ切って過ごしていた気もする。

できれば予定日よりも遅く産みたいの気持ちで、39週に入ってからは恐る恐る動いていた私。
39週3日で、子供達の習い事からの帰宅後陣痛に見舞われ出産する事になるのであった。

お産の記録も残しておかないとだなー!

こちらは我が家のカワウソ。

によく似た猫ちゃんですね。

この階段の踊り場を少し広くした部分をすごく気に入っている2ニャンズ。

 

 

よく日が当たるし外を眺められるのがグッドポイントなんやろうか。
ここには作りつけのデスクも付いてて、そこでネイルをしたりPCと睨めっこしたりする事が
たまーにある。
 
その下はというと
image
お子様のオモチャスペースでした。
少し前までねっ。
 
このお子様にとっては堪らん基地を解体してどうしてしまったかというと‥‥
ジャジャーン

 

お犬様キター!!!
そう、この方はなんと犬です犬。
ホワイトスイスシェパードのお子様で、まだ生後2ヶ月。
ブリーダーさんの元で3週間前にご対面した時はまだ6キロだったのに、この3週間の間に10キロまで成長してくれてました☺️
 
ニャンコは‥‥

ギロリッ(だ、誰よあの女)

 

ワンコ見るのかなり久しぶりやし、何より先代ワンコは自分と大して大きさ変わらんかったもんなぁ。

いきなり芝犬くらいあるバブ〜ちゃんが現れたらそりゃービックリドッキリよなぁ。。

早く仲良くなってほしいな。

 

末長くよろしくね!

あんなことーこんなことー。
家作りは後悔もあれば、成功もありを積み重ねていく訳で。


アレ捨てなきゃよかったとかつまんない事ですぐに後悔大魔神と化す私が今、やや後悔しているのは
ガラガラっと開ける引き戸の、閉まる寸前とか開ききる寸前に…
ンッ!
てワンクッション止まってバーンとならへんやつ(わかるかな笑い泣き)
それをなぜ開ける側にしか付けなかったんだということ。

勢いよく開けたらバーーン!やで。

バーーン!と閉めた場合はンッ!て止まってくれるのにやで。

おうちによっては標準でどっちもなのでしょうが、我が家は付けたかったら申告が必要でした(課金はありませんでした)

課金なかったから余計に付けたかったー
時よもどれぇぇゲロー


まいっか、なんか挟んどこ。


そんな事よりソファのカバーを押さえつけてピタッとさせるのに必須であった付属の棒を、ソファ解体後にすぐ記憶を無くし
(ん?何この棒?ゴミやん)
と捨ててしまった為に今やカバーが浮き浮きである事を後悔した方が良いわ笑い泣き

再度組み立ててカバー付けながら
(棒でここ抑えれたらなぁ。。え、こないだ捨てた棒まさにここから出てきたやんポーン)
と記憶が蘇った時の私の心の中は雨模様でした。豪雨ね



まあそんなつまらない後悔なんて忘れて、大工さんにお願いして本当に成功を収めたのが我が家のシューズクローゼットに埋め込んだこちら。
何の変哲もない、そうスリーコインズの1500円商品。
収納に使ってね的ボックス。
これは便利なのでテレビの下に今も鎮座しており、wiiのリモコンなんかが格納されてます。


この箱を新たに買い足した私は、箱を片手にある日突然工事中の現場を訪れ大工さんに頭を下げました。

「これを壁に縦に埋め込んで下さい!あとはこちらで良きにはからいます!」

「いいですよーどの辺にしますかー?」
ええ人やなぁ…しみじみ
まずはこうなりました。

開けると
こんな感じ。

そしてクロスが付いた頃私が現れるのですね。
ペンキと取っ手を片手に真顔いざ

まずはムラムラに塗られているところを真っ白に塗り直し真顔
取っ手を好みの物につけかえたのです真顔
ところどころ詰めが甘い塗り加減は忘れましょう

開けるとこんな感じ
ひろびろー
中には他の壁と同じ白のクロスを貼って頂いてます。


そして最終的に、100均で買ってきたフックをグイグイと取り付けまして完成。

あけると

鍵収納ボックスー!
下のバケツみたいなやつにはシャチハタが入ってます。
最近電子化が進んでシャチハタの出番は全然無いので、将来的にはそこにもフックを増やして子供達の鍵の類をプラプラさせようっと。

これは本当に便利。

•ボックス1500円
•ペンキ300円
•はけ100円
•取っ手200円くらいやったかな?
•100均のフック2個入りx3で300円

しめて2400円+taxにて便利な鍵収納が実現いたしました。
大工さんありがとうー笑い泣き

歳をとると時の流れっちゅーのは早いもので、こないだ買ったばかりのはずのお米がもう空っぽ。

食べすぎなのか、時の流れを感じ取れてないのかどっちなの?!
と、米びつの前でぼんやりする夏の午後。
あっつー

早くも引っ越して2ヶ月。
えぇっいつの間に?!

これまた時の流れを感じ取れていない。

6月の頭に鍵を頂きまして

ここからがもう怒涛のセルフお引越し。
前の家は6月いっぱい借りてたので、6月はひたすら毎日仕事が終わったら荷物をピストン輸送。

そんな引越しある?と、聞く人誰もがたまげてくれます。
休暇を取らなかったので、荷造りする日も搬入に捧げられる日も無くこれでは業者さんへ依頼する事もできなかったのである。
なんて無計画!


パパのアルファードがこんなにも役に立つ日が来るとは。
あの車の積載量には感嘆しまくりポーン
トヨタさん!ほんとすごい車作って下さいました!

とにかく毎日寝る間を削って引っ越して、我ながらなんとパワフルな生活やったんやろう。
二度としたくないわゲロー
もうこの家が人生最後の家だと信じたい。



なんでそんな無茶したのかというと大物はソファと洗濯機と兄の学習机くらいしか持ち込まず、長年使い果たした家電は寿命に片足突っ込んでる物ばかりですべて買い替えだったので
「デカイもんないし、いけるっしょウインク
と思っちゃったんですねぇ。


なんとか1ヶ月で運び込みと片付けをすべてフィニッシュ。

8年住んだおうちがカラッポになった時は、さすがに寂しく感じたなぁ。
ぐっばーい笑い泣き
思い出満載、お世話になりました!
ま、次のおうちも楽しみましょ、次!!

という事で

すっかり生活感出てきた。

余計なもん増やさんように気をつけなければ!



ちなみに徒歩圏内での引越しで前の家の前も毎日普通に通るもんで、いざ引越しちゃうと寂しさ的な物は感じていないのであった。

そう、いまだに引っ越した実感もよく湧いていないのであった真顔
妄想に妄想を重ねて設計した我が家、引っ越す前から脳内で建設されインテリアまでも妄想済みだったので新鮮味がまったくない真顔

理想を詰め込んだ想像通りの家にして頂いた、
という事なので喜ばしい悲鳴をあげなければ真顔

いつになったら夢のマイホームをゲットという実感は湧くのか、いや実感なんてものは存在しないのか真顔

とにかく、大事に住ませて頂きましょう!