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 第一章 物語の構造/表と裏のストーリー

 

 

 

前回のプロローグでは、

ギルベルトが物語の核(キー)とお伝えしたので、

 

この章では、なぜそうなのか、

ストーリーを理解する上での構造を私なりの見解で書かせていただく。

 

 

 

⚫︎ネタバレ注意⚫︎

(ちなみに、ヴァイオレット・エヴァーガーデンのネタバレになります。

すでにプロローグから全開だけども笑

観たことがない人はアニメ→劇場版を観た後に是非戻ってきてください‼︎)

 

 

 

では、ここからギルベルトの名誉挽回に向けて、本気出していこうと思う。

 

 

 

1.主人公の名が示すタイトルのトリック

 

誤解を招くのを承知で最初に述べる。

この作品は、”ヴァイオレット・エヴァーガーデン”の物語ではない。

 

 

あなたは何を言ってるの?

物語の主役は、タイトルの通り、

ヴァイオレット・エヴァーガーデンでしょ?

(って思うでしょう、ええ、わかります。)

 

 

確かに、

主人公がヴァイオレットであることは、

誰が見ても明らかである。

誰が見ても疑いようがない。

むしろそれ以外にあり得ない。

 

 

私も最初はそう思っていた。

(大好きな"NARUTO"だって、主人公はナルトだもの笑)

 

 

だが、この物語のタイトルを文字通り誤解がないように付け直すとしたら、

 

『"ギルベルト・ブーゲンビリアが名付け、

生涯をかけて愛した" ヴァイオレット・エヴァーガーデン』である。

 

 

 

違いがわかるだろうか?

 

 

 

つまり──

作品のタイトルとして前面に出ている“名前”の背後には、ギルベルトの人生そのものが流れている。

真のタイトルは、“彼が生涯をかけて愛した少女の名” なのだ。

 

 

 

タイトルから仕掛けてくるのか、、、

と、もうこの時点で制作者の皆様には脱帽である。

 

 

2.ヴァイオレット視点で物語を見る限界

 

観客としてはどうしてもヴァイオレット視点で物語を見てしまう。

だって主人公なんだから。

この大前提を崩して読み解いていかない限り、

何度作品を見直したところで限界が来てしまう。

 

 

ヴァイオレット・エヴァーガーデンは、

一人の少女が、

生き別れたギルベルト少佐が最後に口にした、

「心から......愛してる」の言葉、

その”愛してる”を知るため、

自動手記人形(ドール)として、

旅をしながら一人の人間として成長していく物語、ではない。

 

 

もう一度言う。

 

 

このお話は少女の成長物語、ではなく、

ギルベルト・ブーゲンビリアが名前を付け、

己の人生を賭けて愛した少女(一人の女性)の物語なのだ。

 

 

タイトルがヴァイオレットの名を掲げている以上、ヴァイオレット目線で物語が進んでいるように思ってしまう。

 

 

作中ではヴァイオレット以上に、

他のキャラクター、

ドールの仕事(手紙を代筆すること)を通して出会った人々の心理描写や感情表現が多く、

ヴァイオレット発露の感情表現が圧倒的に少ない。

もちろん、ドール=感情のない人形=人の感情(己の感情含む)

を理解できないヴァイオレットの設定があるからこそなのだが。

それゆえに、周囲を通してヴァイオレットがどう反応しているのか、

そこからヴァイオレットの”人の感情に対する理解”がどう変化しているのか、

ヴァイオレットが感情を学び、知り、取り戻していく姿を描きながら、

この子はどう成長していくのか、

が主軸になっている。(ように見える)

 

 

そして、作品全体では

ヴァイオレットの登場:9割以上

ギルベルトの登場:1割以下

なんだから。

どう頑張っても、ヴァイオレットロックオン。

観客はどうしたってヴァイオレット視点に固定されるように設計されている。

 

 

ヴァイオレットの成長物語に見えてしまうのは、

彼女が主人公として

至極当然に“配置されている”から。

でも──作品の構造を丹念に見ていくと、

ヴァイオレットを“通して”語られる

ギルベルト・ブーゲンビリアの物語 でもある。

 

 

3.ヴァイオレットとギルベルトの二重構造

 

私が最終的に出した見解は下記。

 

 

《表の物語》

ヴァイオレット・エヴァーガーデン

 =少女の成長物語

 =ヴァイオレットの旅と共に“愛してる”の意味を観客へ問いかける物語

 =各話で描かれる多層の愛(家族、親子、兄妹(兄弟)、姉妹、師弟、友人、同僚、故郷、亡き人への愛、血の繋がりのない

者同士の愛、夫婦、恋人、仕事、自己愛etc)

表層:ヴァイオレットが主役

 

《裏の物語》

ギルベルト・ブーゲンビリアが名付け、生涯をかけて愛した

“ヴァイオレット・エヴァーガーデン”

=ギルベルトの愛を解き明かす物語

=あなたはギルベルトの愛(心)をどこまでひろえるのかの制作者側の挑戦状

= ギルベルトのヴァイオレットに対する愛は"表の物語"で描かれた多層の愛の集約

深層:ギルベルトが主役

 

超深層:ギルベルトが物語の主語であり、主軸、根幹であり、核心

 

超超深層: ヴァイオレットとギルベルトのそれぞれの物語の流れが一緒

 

最深部

別々の物語が互いの存在によって一点へ収束していく

 

このマリアナ海溝並に深い

“物語の本当の骨格”は

ギルベルトの深掘りなしでは

決して見えてこない。

 

 

4.物語の起点と到達点

 

裏の構造を確信させた決定打が、

アニメ史上最も感動的で、

自称歴史的快挙ナンバー1、2と言っても過言ではない

あの二つのセリフだ。

 

 

ギルベルトがヴァイオレットに伝えた、

「心から、、、愛してる」 (No.2)

 

 

ギルベルトが島でヴァイオレットと再会した際の

「ずっと こうしたかった、、、」と抱きしめるシーン(No.1 )

 

 

「二つのセリフには、

ギルベルトという男の沈黙の理由、

そして、どれほどの年月を声にできない愛と共に過ごしてきたのか、

そのすべてが静かに凝縮されている。

まさに、彼の人生そのものと言える。」

 

 

(セリフのとんでもなさについては、後ほど説明予定。声優さん天才。)

 

 

極論、ヴァイオレット・エヴァーガーデンという作品は、

"心から愛してる"が出発点であり、

"ずっとこうしたかった"のクライマックスに向けて、

物語が展開する構造になっている。

 

 

むしろここだけ押さえていただければ、

あとは構造云々忘れてもいい。

それほど物語の軸になるのが、

この名ゼリフの凄まじさなのだ。

 

 

少し堅く聞こえてしまったかもしれないが、

結局言いたいのは、

この物語であえて語られない、

ギルベルトへどこまで思いを馳せられるのか、

それが作品の要だと、いうこと。

 

 

次からは、ギルベルトの激やばさを

多くの人に知っていただくために、

ギルベルトに特化した考察を進めます。