
楠木ねこハウスの集会 AM3:00頃 熱帯夜
大の苦手な夏のピークをなんとか乗り切ったようだ
ここで幾度となく記しているが
高温多湿が大嫌い
季節はなんと言っても冬に限る
寒さに凍える手足を
己が体温を以て擦り合わせ
冷たい布団の中がジワジワと温まってゆく
あの瞬間が好きだ
嗚呼、あの瞬間に恋い焦がれる
この忌々しい夏に
いままでになく平穏な日常を過ごしてきたのだが
哲学的な思考回路と並行して
もうひとつの主観的な意味合いで考えていたもの
「生きる」の意
ここ数日、漠然としているが答えのひとつがわかった気がしている
「痛み」
そう、「痛み」こそ「生きること」そのものだ、と
傷や疾患における肉体的な痛み
精神的・心理的な意味合いでの痛み
何れに因るのか?原因不明で説明不能な痛み
幸福をいっぱいに浴び、またそれを感じていても
どこかに「痛み」はある
いつもどこか?何か?が痛い
すなわち「生きている」
ここで言いたいのはもちろん
生物学的に痛覚がある=生きている、ではない
性質が「自虐的」「マゾヒスティック」であるなどとう
形骸化された分類もまた不要である
生きるということは何らかの痛みを常に併せ持つこと
【Q】 痛みを感じていなければ、生きている気がしない?
【A】 たぶん
生きていない=死、というよりも観念の死であり、心の死でもある
そんな気がしている
外気が熱風ではなく疾風に変わった気がする秋の入り口
