ririのおたくブログ

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印象派からエコル・ド・パリまでの絵画中心です

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パリ祭の前夜だった
午後の4時ごろだった

僕は街へ出た 辻芸人を見るためだ

 

戸外で芸をしてみせるあの連中を

パリでめったに見かけなくなった

僕が子供の時分にはもっとたびたび見かけたが

みんな地方へ落ちて行ってしまったのだ

 

僕はサン-ジェルマン広小路へ出た

サン-ジェルマン-デ-プレ寺院とダントン銅像の間の小さな広場で

僕は辻芸人を見いだした


群衆は彼らのまわりに無口にあきらめて待っていた

僕も見たいのでこの輪の群れに加わった

重い分銅よ

ロンフウェーのロシア労働者が片腕で持ちあげたベルギーの市々よ

凍てついた川の柄のついた黒い空ろな鉄亜鈴よ

人生のように美味くて苦い巻煙草を巻いている指よ

 

よごれた敷物が地面を覆うていた

どうしても元へは戻らない折目のついた敷物だ

一面に埃の色をした敷物だ

耳について離れない音楽のように

黄いろや緑の汚点が執拗くついていた

 

あの瘦せこけた粗野な人物を見たか

先祖の灰が胡麻塩ひげになって彼の頬からのぞいている

彼は自分の遺伝の全部をこうして顔に出している

手まわしオルガンのハンドルをまわしながら

未来を夢想しているらしい

楽器から出るゆるやかな声が霊妙に訴える

むせぶように ためらうように すすり泣くように

 

辻芸人たちは動かなかった

いちばん老いた一人は 若いのにやがて間もなく死んでゆく胸病む娘さんたちの頬の色

あの紫がかったバラ色のシャツを着ていた

 

この薔薇色は彼女たちの口のまわりや小鼻のわきの

皺の中に巣食いたがるあれだ

これは裏切者の薔薇色だ

 

この男は背にも同じく

自分の肺臓のいやらしい色をのせていた

 

腕が 腕が いたるところで ひしめき合った

 

第二の辻芸人は

自分の影だけしか着ていなかった

僕は長いこと彼を見守った

彼の顔はどうしても僕にはつかめなかった

これは首なし男だ

 

最後の一人は悪党面をしていた

善良で不良な無頼漢だった

だぶだぶのズボン それからあの靴下止め

化粧中のマクロ―ともみえた

 

音楽が鳴りやんだ するといよいよ立ち合いの衆との談合が始まった

てんでに五文ずつ投げた銭が二フラン五十文になった

あの年かさの親方が芸の値段に決めた三フランにはまだ足りない

 

だがしかしもう誰も一文も出さないとわかると

いよいよ芸当を始めることにした

手まわしオルガンの下から肺薔薇色のシャツの幼い辻芸人が現れた

手首と踵に毛皮を付けて

 

彼は短い叫びをたてた

愛らしく腕を広げて一礼した

手さきをひらいて

 

片脚を後ろへ引いた跪拝の姿で

すなわち四方に向って頭を下げた

ひょいと球の上にのったとき

ほっそりした肢体がなんとも甘やかな音楽になったので見ている誰もが感動した

まるで人間らしさのない小さな精霊だと

皆が思った

するとこの形態の音楽

例の先祖に顔をいちめんに覆われた男がまわす

手まわしオルガンのそれを破壊した

幼い辻芸人が輪になった

見るから美しい調和があった

おかげでオルガンは鳴りやんだ

オルガン引きのその男は両手で顔を隠してしまった

ひげの中からのぞいている小さな胎児

彼の運命の子孫のような指だった

もう一度赤人の叫び声

樹木の天使のような音楽

少年の退場

 

辻芸人たちは大きな鉄亜鈴を腕の力で持ちあげた

彼らは分銅を手玉にとった

だが立会いの衆は一人残らず自分の内部にあの秘蹟の少年をさがしていた

世紀よ おお 雲の世紀よ

 

―ギョーム・アポリネール―

 

 

 

 

 

 

 

 

私はこの詩を読んだときに直感的に思うことがありました。

【ここへ行きたい!】

だってアポリネールはここまで詳細に辻芸人を見た場所を書いているんですよ。

たとえそれが百年近く前だとしても

 

 

『サン-ジェルマン-デ-プレ寺院とダントン銅像の間の小さな広場で

僕は辻芸人を見いだした』

 

 

これだけの情報があれば必ず行けるはずです。

 

 

と、言うことで、行ってまいりました。

探さないでもすぐに見つかりました。

サン-ジェルマン-デ-プレ寺院は有名ですし

その裏に回れば、パリ市内には不自然と思える空き地とアポリネールのブロンズ像がありました。

 

 

 

 

背景の茶色い建物がサン-ジェルマン-デ-プレ寺院で、真ん中にあるのが見えにくいけどアポリネール像です。

でもちょっとおかしいんですよね。こんなゲートあったかなって。

もっと近くでアポリネール像を何枚も撮ったはずなんですけど、紛失してしまったようです。

 

 

でもあまりにも簡単に見つかったので、この雲の幽霊の詩はフランスでは相当有名な詩であって

パリ市長が代々引き継いでアポリネールが辻芸人を見た空き地を保存されているのではないかと推測いたしました。

と言うか、国家的文化遺産ではないかと思います。

 

アポリネールのブロンズ像を造ったのはピカソと言われていますが
一説にはピカソの弟子であるとか、屋根を造ろうとしたがパリ市の許可が下りなかったとか諸説紛々です。

アポリネールは、ピカソ以外にも芸術家たちと親交が深く、ダリを代表とするシュールレアリズムはアポリネールの造語だそうです。
 

 

 

アポリネールが通ったカフェ・ド・フロール

 

 

 

初回はアポリネールになってしまいましたが

次回からは絵画を中心に書いていきたいと思っています。

どうぞよろしくお願いします。