
まだまだ夜は明けないけれど。
昨夜の叔父の通夜を思い出して目が覚めた。
81歳になったばかりだったのに。
身内だけの家族葬だったのに古くからのテニスが数人駆けつけてくてれた。
多趣味で料理やワインが好きで若い頃にはパソコン(マイコン)を自作してプログラムを作っていたので有名企業に引き抜かれた。
夫婦中も良くて幼い時から理想の夫婦で共に考え歩むと云うスタイルだったの。
叔母が心を病んだり身体が不自由になっても大切にしてやさしく接して叔母に引け目を感じさせない叔父たちは理想の夫婦だった。
でも、昨年の2月末に叔母が亡くなった。
其れからかな?叔父が気弱になって行ったけれど電話の声は穏やかで楽しく笑って話をしてくれていた。
ガンだった。
ステージ4。
誰に言わず。
昨年末の誕生日の折りに「美味しくて面白いチーズを見つけたから送るけど入荷待ちなので年を越すよ」と言ったら『夫婦で仲良く美味しいものを作って食べるのが一番』だよと言ってくれた。
私たち夫婦が不安定な時期を過ぎた所だったので、とても有り難く励みになったのに。
穏やかで謙虚で弱音を吐かない叔父だった。
亡くなった里の父は熱血漢の医者だったけれど患者さんと正面から対峙していたので好き嫌いも多かったし妥協はしない人だったので敵も多かった。
でも、叔父の周りには慕ってくれる心からの友が多かったと思う。本島に大好きだった。
彼の甥姪(私の従兄弟たち)も慕って相談に乗って貰える叔父だった。
私もパソコンを組み立てていた20代の頃には助けられたし、パソも今のように簡単ではなかったからファイルを作ってプログラムを作って座標を作ってに失敗しては対応を仰いでいた。
綺麗なお顔で眠る叔父。
寝ても起きてしまうみたい。
珈琲を飲むから余計だけど叔父からは珈琲の美味しいブレンドを教えてもらったと思ってホテルを出てセブンのキリマンを買いにいった。
叔父はキリマンとマンデリンの微妙な調合が得意だった。
夜も開ける。
今日の葬儀には涙を出さず見送りたい。
本当はわんわん泣きたいのに涙が止まる。泣いたら叔父が困ってしまうから。
叔父が亡くなって、祖父が残していた系図を完成差せようと従姉妹で話した。
「お姉ちゃま基本は頼むね」と言われてNHKのファミリーヒストリー気分になった。
これも叔父が残した宿題と財産。
ゆるゆる頑張ろうだけど、私のガンが落ち着いてくれたらな。
ボチボチやりますか。
でも、2月末〆の仕事が…。
今度はドイツ語なので楽かもと思いつつも難題が山ほど。
叔父が頑張ったもの。
兄の父もがんばった。
ガンには負けない。
普通に生活するもん❗
6時過ぎたから🚿浴びてちょいメイクでもします。
インコのpー助はお留守番。
夫も出張中だし明日の帰宅は22時過ぎ。
翌日は義母の介護施設への手続きで宮崎の西都。
🐤本大丈夫かな⁉️
心を強くもって頑張ります‼️

