何気ない日常が好きだ
天気の良い日に洗濯物が干せたり
出かけたついでに知らないパン屋に寄ったり
ちょっと昼寝してしまったり
何気ない の捉え方は人それぞれだと思うけども
自分にとってはそんなところか
3年ほど前までスイミングスクールのインストラクターの仕事をしていた
必然的に子供達や保護者の方々と関わることが多く
合宿やキャンプのイベントなどでは何泊か泊まりで子供達と過ごすこともあった
俺は当時年齢も若かったし見た目も性格もわりと優しめではあったので子供たちと仲良くやってた
ただ単に舐められてたという側面もあると思うけど
仲良くなるとは言っても、コーチとスクール生(とその親御さんたち)という一線のある関係値だった
その仕事を辞めてから子供たちと関わるということは日常的にはまず無くなった
音楽を通して色んな世代と触れ合うことがある
そんな中、ママバンドの方々とその子供たちと仲良くなった
そこに前みたいな仕事上の関係は無いから
そういう壁の無い、色んな世代の友達が出来た
と思って嬉しかった
皆んな優しいから仲良くしてくれて
時に一緒に遊んだり、ご飯食べたり、音楽をしたり
普段接することのない世代との触れ合いは
色んな学びや気づきがあった
やんちゃだけど元気な子供たち
それを見守る親
家族の在り方というのを側から、ある意味客観的に目の当たりにして
きっと何気ない日々にも色んな事が起きるんだろうなと思った
だからそんな家族の関係が、
子供たちが元気な姿のまま大きくなって
ずっと続いてくれたらいいなと思った
今年の6月、母方のおじいちゃんが亡くなった
おじいちゃんは老人ホームに入っていた
亡くなったその日の朝も、母と散歩してたみたいだけど
そのあと急に亡くなってしまったらしい
お葬式の日程が決まり、なんとか都合がつきそうだったから当日帰省する事にした
帰省日の前日、台風がきた
豪雨の影響で、その日の夜から新幹線が運休になった
当日の朝、始発で東京駅へ向かっている最中に
午前中の新幹線も運休になることが決まった
運転再開後に乗って帰ったのでは間に合わないし、次の日仕事もあった為帰るのを断念した
最期に一目会うことは出来なかった
俺は用がないとほとんど実家に帰省しない
けれど、4月に一度帰っていた
その時はおじいちゃんには会いに行かなかった
また会えると思っていた
ずっと続いて欲しいと思う気持ちとは裏腹に
生あるものに必ず訪れる 死 というものを痛感して
この世に 永遠 はないと
当たり前なこと、普通なことは
特別なことなんだと深く思った
いつまでも という言葉は
どうあがいても実現不可能で
不確実なものだと分かってはいるけれど
それでもせめて
いつまでも
と"願う"ことくらいなら俺にも出来る
そしてそれは、今 という特別な時間を大切に想うことに繋がるんじゃないかとも思った
改めて
子供たちに、その家族に、身近な人たちに
いつまでも 元気でいて欲しいと
想い、願いたい
いつまでも
巡り巡る出会いの中
その繋がりに感謝を
流れ流れるこの時さえも
大事にすること
学びと歓びと
色んな気付きをくれてありがとう
どこまでも穏やかな日々が
続いてくれたら良いな
ありのままで生きること
咎めたりしないよ
でも当たり前にある事を、今一度
"普通"とは特別なこと
廻り廻る別れの中
ここに導かれたことを
和がれ凪ぎるこの刻さえも
大切にすること
敬いと尊ぶこと
色んな人の目線と価値観を
辛いこと上手くはいかないことも
沢山起こるだろうけど
優しさと思い遣ること
どうかどんな時も
胸の奥の方でもいいよずっと
きっと忘れないでいてね
何気ない日常を送ること
愛おしくも儚いこと
それぞれに幸せの形はあるけど
ただ、今はただ
どんなことよりも願うこと
いつもいつまでも
いつもいつまでも元気でいてね