今夜は、ユーモアについて書こう。

 

 海外で暮らす年数が、のべ30年を超えた。いつ超えたのかは憶えていないが、今朝ミューズリーを食べながら、一食分のミューズリーにはどれくらいの干しぶどうが入っているんだろうと、眠気が残る頭で干しぶどうを器用にスプーンで一つずつすくって食べながら数えてみた時に、ふと思いついて海外生活の年数を数えてみた次第だ。幸いにして僕の「数えモード」はこれで終わったので、気持ちのいい朝を、テーブルクロスの模様の数や白髪の本数を数えてパセティックに過ごさずにすんだが、結局、ある著名(らしい)なクレーマーの配信を聴いて台無にしてしまった。

 

 外食企業モンテローザが経営するチェーン居酒屋「魚民」に、「からあげ」の生揚げに腹を立て電話でクレームをした客を、従業員が揶揄してTwitterで呟いた事が発端となり、ネット界隈で大騒ぎ。結局その客に経営会社が謝罪したという内容は、知っている人も多いだろう。その客がUstream等を使って何やら気になることを世に配信する有名なネットユーザーだった為、クレームを入れた電話での内容等を配信して騒ぎ始め、思った以上に問題が大きくなったようだ。わざわざ記録する為に電話でクレームした所などは、なかなか周到だ。なるほど。どんな人なのか気になったので、ググった。で、簡単にその人は見つかり、彼の配信内容を聞いて落ち込んだ訳だ。


 一言でまとめると、ヒステリックな人だ。彼は、唐揚げが生揚げだったという文句に対して(彼にとって)満足な応えを得る為に、ネット配信を利用し、重箱の隅をつつくように相手を責め立て、およそ震災の瓦礫が全て片付いてしまうほどのエネルギーを使い、騒いでいる。いくら相手に非があったとしても、これじゃ揶揄されても仕方ないな、と思う。



 僕が思うに、相手の非をたしなめたい時に最も有効な手段は、ユーモアで切り返す事だ。これは、長年海外で生活してきた中培ったある種の知恵であり、自衛手段と言ってもいい。今日、Twitterでも呟いたが、機内食に関する苦情を、ユーモア溢れる手紙にしたため経営者に送りつけ、それがきっかけとなり機内食が改善されたというエピソード。僕もネットで公開されている手紙を読んだが、なるほど内容は一見粘着質的だけれど、それを見越して逆手に取り、ある時は自虐的なジョークを交え、しっかりと明確に問題点を浮き彫りにしている。英米の新聞でも紹介されたこの「最も素晴らしいクレームレター」は、送り手の機知がスパイスとなって、多くの人々が感じていたであろう問題点を解決するきっかけになったのだ。対して、この魚民クレーマー。結局、相手をヒステリックな言い分にひれ伏させたいだけにしか思えない。果たして、彼が若い故なのか、年取ってるからなのかもわかんない。わかることは、発想が非常に貧弱だという事。そんな輩のヒステリックな言い分を朝から聴いてしまった僕の悲劇。日本には最近こういう人が増え過ぎてているんじゃないだろうか。去年、ちょっとしたきっかけで一緒に仕事をした、日本から送られてきたディレクターも同じようなタイプだった。だから現場は常に険悪なムードに包まれっぱなし。で、彼を酒に誘ってそれとなくジョークを交えて切り出した。わかったことは、ユーモアを用いても相手にユーモアを理解できるだけの余裕がないと、この知恵は無駄なんだって事。それとも、僕には全くユーモアのセンスがないか、だ。

 

 ちなみに、干しぶどうは、38粒入っていた。この数が多いのか少ないのか、わからないが、雑多な穀物やソイヨーグルトに混じると全体的に適度な甘さを醸し出してくれ、いい感じになる。これが多すぎると甘みが濃くなりすぎるし、少ないと味気ない。何事も、いい感じに混じり合っていればいいだけど、あまり極端すぎるとね。さて、干しぶどうだけ先に食べてしまった今朝は、甘みのないミューズリーで我慢しなければならなかったけれど、それは本題ではないのでいい。

 

ノースロンドンの自宅にて
今夜は、おばあさんとアナリストの会話を紹介しよう。

おばあさん「ほうか、ほうか、シナとインドが発展すると、食いモンが充分行きわたらんようになるかの」

アナリスト「えっと、シナっていう呼称はちょっと不適切だとおもうんですがぁ。ま、そのぉ、いわゆる、中国の事ですね。え、そうなんです。人口の増加によって、実際、小麦粉などの穀物類はすでに需要が供給を上回っていますので、値段が高騰しています。漁獲高が年々減少している魚も、後進国の発展に伴う人口の増加や漁業技術の発達によって、さらに減少し続け、そのうちなかなか一般庶民の手に届くようなタンパク源ではなくなってしまいます」

おばあさん「ほうかの。シナでも中国でも隣の大きな国じゃっと事はかわらんけんどねぇ。しかしゃ、そりゃ、大変なことよの。小麦粉や魚が食われんようになっちまうと。じゃ、野菜はどうかね?饅頭はなくならんかいの?」

アナリスト「は?」

おばあさん「いや、饅頭がすきでね。それに長生きするには野菜を食えっちゅうて、嫁がうるさいんよ」

アナリスト「はぁ、まぁ、饅頭も小豆などが主要材料ですから、野菜なども含めて、似た状況だと思います」

おばあさん「そりゃあ、大変だ。で、あんたは、どうすっとね?」

アナリスト「は?」

おばあさん「あんたは、そんな大変なこっとがおこっとるとぉ、どうすんのって」

アナリスト「あ、はい。いや、私はアナリストなので、状況を精査し市場の動向をアナライズするのが、仕事です」

おばあさん「誰にぃ、なんの為にぃ?」

アナリスト「は?」

おばあさん「だから、なんの為にぃ報告するかって」

アナリスト「それは、そのぉう、色々とありますが、最も有効なのは、素早く市場の動向を察知して有利な商いができるようにするためです、かね」

おばあさん「ん?商い?というと、オタクらがその小麦粉や魚を売ったり買ったりしよっとるのかね。最近じゃ、粉物屋や魚屋のことをそんな舶来の言葉で

呼びよっちょか?」

アナリスト「いや、あの、私が商いをするんではなくて、この情報を基にですね、その銀行や色々な商社やなんかがどうお金を動かすかを決める訳です」

おばあさん「なんかぁ、ややこしかね」

アナリスト「まぁ複雑といえば複雑ですが、簡単に言えば、いつ、どれだけ安く仕入れて、いつどれだけ高く流すかを効率的に行う、情報収集の一環ですよ」

おばあさん「ほうかね。要するに、利ざやを多く稼ぐための仕事ちゅうわけか」

アナリスト「そうです、そうです。おばあさん、飲み込みが早いですね」

おばあさん「なあに、おだてんでないっとよ。でも、あんたさんが、そうやって見立てた情報で、あんたさんのお仲間が利ざやを稼ぐっとすると、誰がその情報を使って問題を解決しようとしてるんだ?」

アナリスト「は?」

おばあさん「いや、だから、すぐに世界中の食いモンの量が減ってしまうんだろ?みんなハラ減らすことなるったろ?違ったか?」

アナリスト「えぇ、はい、一応そういう見立てですが」

おばあさん「んだば、誰かなんとかしないと大変なこつになっちまうだろが」

アナリスト「えぇ、はい、そういうことになりますね」

おばあさん「そうですねって、おまぁ、頭がいいのか悪いのかどっちだべ?」

アナリスト「はぁ?」

おばあさん「おまぁさんらが、せっせと利ざや稼ぐ度に、食いモンが高くなるっつうわけだろう。なら、金持ちしか食いモンが手にはいらんつぅことだろうが。じゃ、弱いモンの為に誰が働いとるんかって」

アナリスト「はぁ。そりゃ、その、あの、その政治家とか官僚がなんかやってるんじゃないですかね」

おばあさん「嘘こくな!」

アナリスト「すみません」

おばあさん「政治家や官僚が弱いモンの為に何かしたことなんて今までにあったか!」

アナリスト「いえ。ありません」

おばあさん「じゃぁ、いい加減なこと言うな」

アナリスト「すみません」

おばあさん「わかりゃ、いいっとよ。じゃ、誰が食糧難に備えて商売抜きで本気で考えとるっと?」

アナリスト「さぁ、、、か、科学者です、、かね?」

おばあさん「嘘こくな!」

アナリスト「すみません」

おばあさん「科学者もおまぁさんと一緒で、なぁんもせんとでしょ」

アナリスト「・・・・・」

おばあさん「おまぁさんら、金もあり、それなりの頭もある奴らがなんかせんと、どうっすかね。その銀行とか、商社とかの偉いさんらにそういう見立てをしたらどうかね。そういう偉いサンは、聞く耳もっとっちょるとでしょ。

アナリスト「さぁ、僕には、よくわかりません」

おばあさん「この国を代表するような大企業の偉いサンが、日本や世界の将来について、聞く耳をもっちょらんはずはないっしょ!」

アナリスト「いやぁ、案外、持ってないんですよ、これが」

おばあさん「でもぉ、目先のことばっかり考えとるとぉ、酷い目にあうっちゅうとは、ちょっと生きてりゃぁわかるんべや」

アナリスト「・・・・・」

おばあさん「そんなに、目先の事しか考えとらんちゃね」

アナリスト「そう見たいですね」

おばあさん「どいつもこいつも、みんな早漏ばっかかとね!?」

アナリスト「・・・・・」

おばあさん「・・・図星だっかいのぉ。こりゃぁ、すまんことをしたのぅ」

 今夜は、革命について書こう。革命といえば、王政と旧体制を倒したフランス市民革命や、大英帝国の植民地支配から独立を勝ちとったアメリカ独立革命、そしてアメリカを筆頭にした帝国主義の傀儡政府、バティスタ政権を倒したキューバの社会主義革命などを思い浮かべる。中でも、ゲバラとカストロらによって成し遂げられたキューバ革命は、歴史的にもそう遠くなく、立役者のカストロがまだ存命であったりして、割と身近に感じることの出来る革命だ。

 舞台はキューバ。極めてエキゾチックな陰陽を醸す土壌に、サトウキビやパイナップル畑が燦々と照りつける太陽の下広がり、大粒の汗と土埃にまみれた稔りを片っ端から搾取され続ける褐色の人々。『革命の夜』や『革命前夜』という言葉がしっくりとハマル。立役者の一人、ゲバラのオーラは超人的な輝きを持ち、英雄という言葉は彼のためにあるとまで信じさせるに足りる。社会的必然性からも、情緒指数的にも起こるべきして起こった革命という感がする、いわば革命の見本的存在だ。

 1959年。その英雄、チェ・ゲバラが日本を訪れた際、滞在先のホテルを抜け出し、広島行きの夜行に飛び乗った。しなびた温泉を訪れる為ではなく、勿論、原爆の爪痕をその目で確かめるために。原爆ドームを訪れたチェは、「何故こんな酷い事をしたアメリカのいいなりになるのか」、と問うた。この言葉に影響され、アメリカ帝国主義打倒を理想に描いた日本人達がいたとしてもおかしくはない。事実、時を同じくして日米安保条約改定を阻止しようとする運動が国中で展開されている。

 この時、僕達の先人達は、何を想い、何を感じ、強大な国家に対してシュプレヒコールを叫び続けたのだろう。正直、わからない。本気で世の中が変わると思ったのだろうか。それとも、無駄だとわかっていても、黙っていることができずに、じっとしていることができずに、放水を受け、棍棒で叩きのめされながらも、同志と手を組みながら権力に立ち向かったのだろうか。わからない。でも、一つだけ思うに至る事がある。似合いもしないヘルメットに薄汚れたタオルで顔を隠しながら、ドブネズミのようにして都会の地面を這いつくばった先人達。『灼熱の夜』や『爛れた太陽』という革命的な言葉がちっとも似合わない安保闘争だったけど、不埒な本流に逆らおうとした、迸るように熱い気概の切れ端は、50年後の今、現代の日本を甘受せんとする風に吹かれ、日本の空にむなしくもともなびいているんではないだろうか。

 

 残念ながら、僕には革命を呼びかける勇気もなければ、力量も備えていない。でも、薄汚く醜悪な相を平気で晒す政治家達による、相変わらず品格の欠片もない大儀なき政争や、志のない官僚達の生態を見ていると、国民、というか人類をなめきったままでいるとどうなるかを思い知らせたい、と熱くなるのは、『革命前夜』という言葉に感化されたからだろうか。

 

   ノースロンドンの自宅にて