1週間経ってしまいましたが・・。
あの日のことを忘れないようにちょっとだけ感想を述べておこうかと。
コーストオブユートピアは、激動の19世紀を生き抜いた熱いロシア人達の話。
農奴解放、そしてユートピア社会実現を求めて声を上げる思想家や革命家など、
多種多様なバックグラウンドを抱えた男たちを中心に物語が繰り広げられます。
ロシアの歴史っていうから少し構えてしまったのですが、蓋を開けてみると
もぉんのすごく人間臭いというか、「人間ってどんだけ感情の生き物ぉー」
と突っ込みたくなるくらい、とにかくひたすら熱い舞台でした。
当時は、まだ明確なルールが確立されていなくて社会情勢が不安定だった時代。
良くも悪くも平穏な現代に生きている私からすると、キャラクターたちが
みんなどこか崖っぷちに立たされていて、けれども「オレ/私屈しないぜ」的な
情熱を感じ取ることもできて、観てて非常に痛快でした。
特に、女性陣が観ていて面白かった。
女性だからといって、男たちから下に見らているわけでは決してなく、
むしろその逆で、迫力や粘り強さ、タフさで相手を圧倒してたりする。
「革命だ!革命だ!」と叫んで世の中を変えていこうとした時代だったからこそ、
女性らもその波に乗って声を上げることができたのかもしれない。
男性らみたく、政治とか哲学について熱く語ることはないのだけれど、
家族とか愛については、特にロマン主義の水野美紀や栗山千明の役とかは、
一度口を開いてしまうともぉほんとうざいくらいうるさいんです。笑
とにかくみんな、状況・環境は悪かろうとも、求めているものの理想が非常に高いんです。
最後に主人公のゲルツェンがこんなセリフを口にします。
前へ進こと。
楽園の岸に上陸することなどないのだと知ること。
それでも前へ進むこと。
この舞台を締めくくるにはものすごくピッタリの言葉で、胸に響きました。
私自身はまず、その理想とやらが一体何なのかを考えなければいけない、
それ以前の問題にぶち当たっておりますが・・。笑
・・最後にちょっと逸れますが、かっこいいなぁと思った蜷川さんコメントを
パンフレットから一部抜粋して終わります。
ただ劇場に来て、観て聞いて感じて頂く。
長大かつ専門的な言葉も多い戯曲ですが、
劇場の客席に座り、
俳優の体と声を通して同じ空間で共有することで、
思考や知識としての理解とはまったく別次元での「理解」が起こると、
僕は信じています。
それが演劇の力であり、
戯曲を「演劇にする」ことが僕の最大の仕事なのだと、
稽古も佳境の今、
改めて自分の中で確認しているところです。
あの日のことを忘れないようにちょっとだけ感想を述べておこうかと。
コーストオブユートピアは、激動の19世紀を生き抜いた熱いロシア人達の話。
農奴解放、そしてユートピア社会実現を求めて声を上げる思想家や革命家など、
多種多様なバックグラウンドを抱えた男たちを中心に物語が繰り広げられます。
ロシアの歴史っていうから少し構えてしまったのですが、蓋を開けてみると
もぉんのすごく人間臭いというか、「人間ってどんだけ感情の生き物ぉー」
と突っ込みたくなるくらい、とにかくひたすら熱い舞台でした。
当時は、まだ明確なルールが確立されていなくて社会情勢が不安定だった時代。
良くも悪くも平穏な現代に生きている私からすると、キャラクターたちが
みんなどこか崖っぷちに立たされていて、けれども「オレ/私屈しないぜ」的な
情熱を感じ取ることもできて、観てて非常に痛快でした。
特に、女性陣が観ていて面白かった。
女性だからといって、男たちから下に見らているわけでは決してなく、
むしろその逆で、迫力や粘り強さ、タフさで相手を圧倒してたりする。
「革命だ!革命だ!」と叫んで世の中を変えていこうとした時代だったからこそ、
女性らもその波に乗って声を上げることができたのかもしれない。
男性らみたく、政治とか哲学について熱く語ることはないのだけれど、
家族とか愛については、特にロマン主義の水野美紀や栗山千明の役とかは、
一度口を開いてしまうともぉほんとうざいくらいうるさいんです。笑
とにかくみんな、状況・環境は悪かろうとも、求めているものの理想が非常に高いんです。
最後に主人公のゲルツェンがこんなセリフを口にします。
前へ進こと。
楽園の岸に上陸することなどないのだと知ること。
それでも前へ進むこと。
この舞台を締めくくるにはものすごくピッタリの言葉で、胸に響きました。
私自身はまず、その理想とやらが一体何なのかを考えなければいけない、
それ以前の問題にぶち当たっておりますが・・。笑
・・最後にちょっと逸れますが、かっこいいなぁと思った蜷川さんコメントを
パンフレットから一部抜粋して終わります。
ただ劇場に来て、観て聞いて感じて頂く。
長大かつ専門的な言葉も多い戯曲ですが、
劇場の客席に座り、
俳優の体と声を通して同じ空間で共有することで、
思考や知識としての理解とはまったく別次元での「理解」が起こると、
僕は信じています。
それが演劇の力であり、
戯曲を「演劇にする」ことが僕の最大の仕事なのだと、
稽古も佳境の今、
改めて自分の中で確認しているところです。
