被災地から遠く離れた関西に住む者です。

東日本大震災について何かを述べようとすると、言葉を失ってしまう。

何を言っても、その資格がないような思いにとらわれる。

 

 

「ずっと忘れていない」  「それでは、何をしてきた?」

自問自答を繰り返す。

その気持ちをささやかな募金に託して何度か差し出し、東北産の品を時に買い求めるくらいしかできていない。

 

 

昨年も自然災害が続いた。当地でもまだブルーシートで覆われた屋根を見かける。

私の住む場所も、2月末にようやくあちこちの破損個所が補修され、今日3月11日から4日間の予定で、建物周囲の植え込みの倒木復旧工事が実施される。これは、9月の台風の時の歴史的強風による倒木などで、強風に強い樹木に樹種を変更するそうです。(被害があると聞いていますが、実は、周りを歩いていても私は気づかないままです)

九州熊本の地震、中国地方の豪雨による災害、北海道・厚真を中心とする胆振地方の地震などなど、、多くの人々が被災し、身内を亡くされた方も少なくない。

 

 

 

そして、どうしても最も重く胸を離れないのは、東日本大震災の被災地、被災者の方々(故郷を失い、他郷に新しい暮らしを始められた方々も含めて)の姿です。

それは、震度7強という大地震だけでなく、津波による死者の多さやその被害、そして東電の福島原発のメルトダウンという大惨事のためでしょう。

特に、原発事故による”震災後”は、これからも半永久的に私たちとその子孫にのしかかる重い問題、とてつもなく深刻で解決困難な課題であり続けるだろう。

 

 

 

           < それからの幾世氷の神殿F     永瀬十悟 >

 

 

原発の燃料デブリに触れ初めたり冥くて遠き廃炉への道     (名古屋市) 諏訪 兼位

 

眠られぬ夜は歌詠む慣(ならひ)にてかの大地震の夜も詠みたり  (仙台市) 坂本 捷子

 

 

 

死者を悼み、ご冥福を祈ることしか私はできない。

被災された方々の暮らしが少しでも明るい方向に向かい、多くの笑いに包まれ、しあわせが訪れますように祈り続けます。

 

 

 

 

ここまでお付き合いくださったことに感謝します。