もういいよ 帰ろう
去年の年末、帰省するつもりはなく
広島で年越しするつもりだった。
親父から電話があり、帰ってこいと言う
実家に帰って、
何かあった?なんなん?
親父に聞いた。
検診の結果がよくないんだよ
いつもは、気にしない親父が弱気だ。
結果の紙を見せてもらった。検診の数値が一カ所
飛びぬけて値が高い、こんな値見たことない。桁が違う。
マジか・・・肝臓やってるじゃん。。。
親父は、オレに財産の話しをしてきた
オレは、そんな覚悟してんの?
財産なんか要らないよ。
なに言ってんだよ。。。
試合放棄するんか?まだわかんないだろ
正月休みが明け、大学病院での検査が終わった。
外来の医師はなんと高校のラグビー部の
後輩だった。相変わらず太ってるな
で数日後結果が・・・
どうだった?
電話で聞いた。
医師が「息子さん長男さんは?いませんか?」
お袋「広島にいるので今日は・・・」
オレに話したいらしい
なんかに腫瘍があるんだって、悪性の。。
図書いてくれたけど、わからない。
手術は無理だって
お袋が言った。
ネットで調べまくった
5年生存率5%、やっちまったか。
数日後やっと医師と話す機会が出来た。
治療方針を聞いた
そして病名も、胆管に悪性の腫瘍があります。
「胆管がん」
川島なお美と同じだ。
静かに進むガン
しかも、周りの臓器にも転移している。
野菜のスムージーがガンにいいと
本にあったので気休めに
ミキサーを買っていったり・・・。
ウマイと言ってくれた。
ある日、長崎の氏神様、諏訪神社に連れてってくれと言ってきた。
「オヤジ、左手から洗うんだよ」
「あはは、そうか~」、これが最後の笑い声だった。
二人きりは初めてだ。いい眺めだ。竜馬像が見える。
神頼みかぁ
生きたいよなぁ
もういいよ、帰ろう。
親父がいった。
親父は時間がない事はわかっている。
オレにも大事な二人だけの時間だ。
オレの手作りのお薬入れ。
薬飲み忘れないように。
主治医が
「もう癌が散らばってる状態です。」
7月、オレたち家族はホスピスを選んだ。親父も同意した。
大学病院から近所の病院へ。カトリック系だ。
オレはすぐ長崎へ帰った。姉貴も来ていた。
お袋はずっと泊まっている。
あぁどしたん?こんなに痩せてよぉ、親父ゴルフ行くぞ~!
返事がない。
4日目、オレは今日帰らないといけなかった。
悩んでいるうちに俺は寝てしまった。
ソファベットに俺、姉貴、お袋が川の字で仮眠していた。
俺はふと目が覚め、時計を見た。0時過ぎ、もう帰れない時間だ
姉貴も、お袋も寝ていた。
オレは、ぼーっと
親父を見つめていた、あぁ~生きている。。
胸が呼吸するたびに動いていた。
が、次の瞬間上下していたお腹がぴたっと止まった。
俺は飛び起き、姉貴を叩き起こした。
たしか、けつを2回叩いた。
ナースコールをして・・・
蘇生処置はしない。ホスピスだから
ずっと親父の顔を見つめた
不思議と家族みんな号泣はしなかった。
俺は枕もとで、ただただ止めどなく出てくる涙と鼻水が。。。とまんねぇ。
看護師さんがオレの手を取りこちら側から・・・と
親父が向いているほうに引っ張っていった。
そして、オレと姉貴は不思議なものをみた
親父の身体から「魂」がほわ~と飛んでいくのを見た。
俺と姉貴が同時に「ああ~っ」と叫んだ、見た?うん見た!!
俺と姉貴と看護師さんで、親父の身体を洗った。
頭、腕、足、お腹・・・。
「頑張ったなオヤジ、もう痛くないぞ」
親父は
スーツに着替えて、髪形整え化粧した。
へー化粧するんだ
ん?んん?口紅が紅すぎじゃね?姉貴に言ったら、笑いこらえてた。
しかし
検査結果から半年かよ、あっというまだな
まあ、そんなこんなで
1年間、ブログお休みしてました。
他にもいろいろ あったんだけど
また書くよ
んー、あの唇はいかんやろ…
朝、通勤するとき、最後に聞く曲。テンション上げるのだ
lecca






