先日

『本を読む読み方』を学んだ。

自分が今まで経験してきた中で
一致することもあり、わたしとしては大きい収穫だった。

英語塾のかたわら、ダンスも週1で教えていて
そのスキルを向上するために、オンラインで学んでいるが

その動画をなん度も、なん度も見て、やっと
自分の中に落としい入れることができる感覚がやってくる。

そこまでは、おそらく5〜10回以上見てからになるので
かなりの時間を要するのだけれど

それくらい落とし込まないと

意識せずに体が勝手に動く、

というところまで行かない(笑)


動画を見て、理論を理解し
ダンスを踊ってみて、動きを把握する。

把握してから、自然に次の動きが出てくるまで、何度もやってみる。



自分が理解したところまでしか
生徒さんに教えられないのだから


どこまでスキルアップできるかが
いつもの私の課題だ。


まさか、それが、読書でも通じるとは
思ってもみなかった。

ここから本題・・・(笑)


そのセミナーの主様は

本を最低でも40回ほどは(若い頃)は読んでいたそうだ。

著者と対話ができ、著者と同じ思いになり、
行動ができるようになりるまで
その本をなん度も読むと言っていた。

本1冊で、人生が変わる!という人は
その本を読んで、行動し、さらに深く読み込み理解し
行動し続けるということをしてきたからだと思う。

私の中で共通することは
英語でもダンスでも
自分が伝えられるように、教えられるようになるまで
なん度となく学び、探究していく


その探究しているときが
とても楽しい(笑)


未知なものをしることが

楽しすぎて、これが私の趣味といってもいいくらい。


そして、こう言うことも言っていた。
本を深く読み、行動していく中で

自分の価値観が深まってくれば
小さな世界から大きな世界へ移行できると。

自分ひとりで生きているわけではない

自分、家族、兄弟、姉妹、周りの人たちが
いてくれているおかげ
 

そして
家族、社会、地域があるから
私たちが仕事ができている、生活できている


 

価値観が成長してくると
見えている範囲が大きくなっていく

それを主様は
本を読むとわかってくる、と言っていた。

本の内容の理解度がぐんと上がるのがわかるらしい。
 


同じことを繰り返すけれど
 

読んで行動するを繰り返すことが大事

文字読んで内容を理解する間は
自分の知っている箱の中だけで情報整理しているだけ

自分の情報なんていうものは、ちっぽけなものだ。

そして、自分が知らない新しい情報は、自分にはわからない。

私たちは、自分の持っている知識に基づいて、理解しようとする

腑に落ちない、と人は言うが
腑に落ちるまで、読み尽くして、理解し尽くしているのだろうか。

そういうことを言う前に
作家の言っている意味はそういうことか?こういうことか?
って仮定してやってみる。といいらしい。
 

 

よくセミナーなどの話を書き留める人がいるが
書き留めたとしても、それで終わったら何もならない。

 

もっと深く理解するためには
その本の言わんとしている背景までしっかり読み取ろうとしてみる

そして、必ずそれを行動に移してみること。


理解して、行動して、気づいて、また行動して
トライ&エラーを繰り返しながら

私たちは、他者や、物事を深く理解できるのだ。


これは、読書に限らず、全てに置いて精通するものかもしれない。

 

 

 

おはようございます フローネです。

 

令和8年4月9日(木)午後5時31分
桜の舞い散る中

叔母が94歳の天寿を全ういたしました。

 

 



何のためにそんなに頑張るのか・・
ずっとそう思っていたときに書いたひとつ前のブログ。

 

 

 

兄、姉、弟、そして妹

10人の中の6番目、四女として生まれ

造船所の社長と結婚。

 

子どもには恵まれず

一時は、親戚の男の子と養子縁組を

して一緒に生活していましたが

 

長くは続かず、解消。

 

旦那さんも早くに亡くなり

早くから1人で暮らしていました。

 

叔母はとてもキレイな人ででした。

 

料理も編み物もそれはそれは上手で、
編み物の出来上がりは常に素晴らしく

お店で売っているものよりも

何倍もふんわりとしていて

魔法がかかったようでした。

 

4月初めに病院から

危篤の連絡が来て以来

私と母は毎日病院に行き

声かけをしつつ、見守り。。。

 

9日は、お昼前に病院から電話で

息使いが少しおかしいと連絡があり

母と急いで駆けつけましたが

 

私たちが来ると、少し落ち着くらしく。。

でも、日に日に息の仕方が荒くなっていくのが

目に見えてわかりました。

 

吸って吐いての呼吸が

最後の方は、

 

吸って吸って吐いて

大きなため息

 

の繰り返し。

見ていても息をするのが

大変なんだろうな、とわかるくらい。

 

待合室に戻り待機していたけれど

連絡が来ないので

 

母の疲れも心配だし

一旦、家に戻る。

 

遅いお昼を食べ

4時からの仕事をしていると

また病院から電話がなった。

 

本当にダメなんだな、、と察し

また病院に向かいました。


つらそうにしていた息づかいは消え
静かに眠っている叔母を見る。
 
去年10月から何も食べられなくなり
体は痩せ細り、お顔もこけてしまったけれど
端正な顔立ちはそのまま
だけど、どこか面影が祖父に似ていて
親子だな、と感じた。

 

叔母に最期の言葉を伝え

エンゼルケアをしてもらっている間

葬儀屋さんに連絡をし
 

18:30
叔母はお世話になった病院を後にし
市内のセレモニーホール(斎場)に。

 

その日はとても静かで

叔母は、寝ているような穏やかな表情で

永遠の眠りについてました。

 

その顔を見ながら

私たちは

葬儀の準備をし始めた。

 

叔母には唯一残った妹(84歳)がおり

幸いなことにその娘(私の従姉妹)と

連絡を取り合っていたので

 

叔母の妹の意見も聞きながら

祭壇、遺影の写真、

お通夜とお葬式のお弁当や

精進落とし、そして会葬お礼の文言や

お返しの品などを決めつつ

 

遠方のいとこに連絡をして

生花、盛り籠の注文をして

 

実家に母と戻ったのは

夜の10時前。

 

次の日はお通夜だったので

わたしは午前中だけ、仕事をし

お昼から斎場に向かいました。

 

 

母は、朝早くから

叔母が1人で寂しいだろうと

斎場に詰めていてくれてた。

 

渋滞で遅くなると言っていた

叔母の妹、息子、娘も到着して

思い出ビデオを作ってもらうための

写真も時間内に渡せたらしく

 

全て順調に進む。

 

母は、退院後元気にはなっていましたが

あちこち動かずに斎場で、采配振り。

 

たまに言い方がキツいので

カチンと来ることも(笑)

しかし

従兄弟が面白く、いつも笑わせてくれて

怒るのが損やなと思えるくらい!

本当ありがたかったー爆笑

 

私と従姉妹が常に2人で

行動していました。

 

市役所に死亡届を出し

納棺の時に入れる

叔母の好きな食べ物を買い

 

斎場に戻り

市役所でもらっま

仮装許可証を斎場関係者に渡し

 

生花や、盛り籠の注文漏れがないか

名前が間違っていないかの確認

 

お茶、お弁当、パンやお菓子の準備など

喪主兼雑用係でほんとによく動いた笑い泣き

 

夕方になると

親戚が到着し、久しぶりの再会を喜ぶも束の間、
お通夜が始まり

 

叔母が高齢というのもあり

友人などは、ほとんど他界しており

弔問に訪れてくれた人は2人のみ。

 

本当に、叔母の妹と親戚たちだけの

静かなお通夜になりました。

 

 

親戚が予想よりも、多く来てくれたので

お通夜の後のお弁当が足りずに

パンやお菓子を食べて空腹を満たし

実家に母と帰ってから

筍を炊いて、ご飯を食べた。

 

 

面倒でも、しっかり作って食べると

美味しいし、ホッとする。

筍。美味しかった。

 

 

翌日、朝8時前には斎場に行き

死装束に着替えていた叔母の周りに

花を供え納棺をし火葬場へ。

 

火葬許可証を係の人に渡し

和尚さんのお経を聞きながら

叔母に最期のお礼とお別れを伝えた。

 

収骨まで2時間半ほどある。

 

斎場に戻り、いただいた菓子や

昨日準備しておいた菓子と

お茶でひと息つきつつ

 

叔母のむかし話を聞きながら

時間を過ごした。

 

久しぶりに会ったいとこ達。

もっと頻繁に会いたいと

心から思えるくらい

嬉しい再会。

 

収骨の後も、お弁当を食べながら

親戚の人たちと色んな話をした。

 

大きな病気を克服した従兄弟もいた。

 

みんなそれぞれに

乗り越えて来ていて

 

それらを笑いながら話せるって

すごいことだな、

 

そしてそんな話しを聞けるって

ありがたいって本当に思った。

 

 

叔母が天寿だったということもあり

始終和気藹々な雰囲気で

 

斎場の人たちも

 

みんな仲がいいですね。

叔母さんも喜んでますね、と口々に

言ってくれていたほど。

 

 

13時半から告別式

それが終わって10分の休憩

そして初七日を終えた。

 

お通夜と告別式の終わりに

喪主の挨拶があり

 

私は叔母のことを思いながら

自分なりに考えた言葉を伝えた。

 

親戚の人たちと

再会を心から喜び、和気藹々と話しをし

また集まりたいね、

いとこ会しようよ!なんて話題が出たり

 

なんだか叔母が

みんなを繋いでくれているようで

とてもありがたかった。

 

叔母は生前、菩提寺に永代供養を

お願いしていたので

 

初七日の後

叔母の妹、妹家族と母と私で

お寺に納骨をしに行った。

 

大幅に改装されたお寺は

昔の面影は全くなく

永代供養のお部屋?も

かなり広くキレイで

 

ここなら居心地いいね、と

口を揃えて言い合い、笑った。

 

 

四十九日の日程を決め

それまでに、位牌を作り

満中陰の準備がある。

 

叔母の妹が銀行や、市役所などの

手続きを全てしてくれるので

それはそれでありがたい。

 

知らなかったけど

喪主をすると、喪主代?みたいなのが

市役所からいただけるのね?

 

 

ビックリしたびっくり

 

あと、年金の未払い分は

身内、または長きにわたりお世話をしていた親戚は、申請できるそうで

 

そんなことも知らなかった。

 

色々と勉強になるな、なんて

思ってしまった。

 

叔母の人生は

どんなだったのだろうか?

 

幸せだったのか?

そうではなかったのか?

 

旅行にたくさん行き

笑顔の写真もたくさんあって

思い出話しも次から次へと出てくる

 

だけど晩年は

施設から病院、そこで最期を迎えた。

 

亡くなりそうだと病院から

連絡をもらって

すぐに母と私は向かったが

 

着いたときには

もう息はしていなかった。

 

だけど心臓はまだ止まっておらず

 

私たちが来るのを

待ってくれていたかのようだった。

 

叔母に声は届いていただろうか。

 

 

そして

家族に会えただろうか

 

旦那さんに

 

うちの父にも会えたかな。

 

 

叔母はとてもキレイな人だった。

 

桜の舞い散る中

美しい桜とともに旅立った。

 

人の最期に関わると

 

常に色んなことを考えさせられる。

 

 

元気なうち、は

短いものだ。

 

あとで、を先にやろう。

 

楽しいことをしよう。

 

旅行に出かけよう。

 

周りの人たちを大切にしよう。

 

 

だけど1番は

 

健康で元気に生き続けられること。

 

儚い夢を見ているのだから。

 

 

私はこの身体がなくなるまで

どんな夢を見たいのだろう。

 

 

色んなことを考えた時間だった。

 

 

おばちゃん

そっちでいっぱい楽しんでね。

 

今までありがとう。

 

 

叔母の残したものを見て

彼女は何が大切なのかわかったことがある

 

 

それはまた今度…。

 

 

 

 


こんにちは フローネです。

前回「人生の幕引き」の続きとなります。
 


入院している叔母が危篤状態だと
連絡が入ったのが先週の水曜日。
 
その日から毎日、面会に行き
叔母に色々と話をしています。
 
前回も言ったように面会時間が限られているので
たくさん話すことはできないけれど
 
今までたくさんしてくれたことや
私の叔母への想いを伝えています。
 

今日、看護師さんが
「息の仕方もあまりよくないの、、だけどね
なかなかいけないみたいで、、。」

って言っているのを聞いて

叔母の想いはなんなんだろうかと
改めて考えてしまいました。
 

先週はずっと
会いたい人がいるの?
なにかやりたかったことがあるの?
心配なこととかある?
などなど、いろんなことを聞いていたんだけれど

もしかして、もしかして
死ねないくらいの何かがあるのかな、なんて
考えてしまったりするのです。
 

もうそろそろだけど
お迎えがこないだけなのかもしれない

だけど、ここまで頑張るって
なんでなんだろう・・って思ってしまいます。
 
今日は、右目が少しだけ開いていて
眼球まわりの筋肉が微かに動いていたんです。

昨日までそんなことなかったのに
意識がちゃんとあるっていうか
私が言っていることがわかってる感じ
 
質問をしてみると
おおきなため息をして声を出してくれたり
絶対、意思の疎通ができていたと思う。
 

毎回、伝えているけれど
また今日も感謝の気持ちを何度も伝えて
また明日くるねと言って帰ってきました。
 
命の灯火が少しずつ細く細くなっているけれど

そんな中でも、停止していた体の機能が
動き出すこともあるんだな、と
少し嬉しくなった。
 

だからと言って
元気になってくるわけではないと
現実に戻って気持ちが落ちるんだけれどね・・💦
 

言葉は交わせなくても
そこには確かにその人の「これまで」がにじんでいるように感じます。
 

ふと、父のときのことも思い出しながら

「死に際って、その人を表すのかもしれない」と思いました。

 

穏やかな空気の中で旅立つ人。

最後まで強く在ろうとする人。

誰かを気遣うような表情を見せる人。

 

どれも、その人がどう生きてきたかの延長線にあるように感じます。
 

もちろん、すべてをわかったように言うことはできないし、

正解なんてない!とわたしは思う。
 

でも、こうして“最期の時間”に立ち会わせてもらっていると、

生き方はそのまま、最期の姿にもあらわれるのかな、と静かに思うのです。
 

だからこそ、
「どう生きるか」は「どう終わるか」につながっているのかもしれない。
 

今この瞬間を、どんなふうに過ごしていきたいか。

そんなことを、改めて自分に問いかけています。

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次回は、そんな思いがわたしの生き方を変えた、というのを
書いてみますね。

こんばんは フローネです。

私の叔母(父の姉)が

旅立つ準備をしています。

image


令和になってすぐに

養護老人施設に入所。

 

入所してからも

脳梗塞、コロナになり

何度も、もうダメか、、となっても

踏ん張って戻ってくるということを

繰り返していました。

 

それが

去年10月、体調を崩し

地元の病院で治療していましたが

嚥下障害が出て食べられなくなり

他の病院に転院。

 

皮下点滴のみの栄養

テレビも何もない部屋で

毎日、寝ているだけの生活。

 

昨年11月には

10人兄妹で唯一残っている妹に再会し、

旅行に行った話などに

目を開けて、ニッコリし、うなづいたり手を動かしたりも出来ていたのに、

今は目を開けることもなく

ただ息をしているだけ。

 

たまに大きなため息のような呼吸をして

また元に戻る感じ。

 

血圧も上が80台、60台

たまにはかれないときもあり

 

いつ呼吸が止まっても

おかしくない状態だと告げられた。

 

元気なころは

料理も編み物もとても上手で

叔母の毛糸をほどくのを

手伝ったり、編んでいるのを見たりするのがとても好きでした。

 

母にとっては小姑になるので

昔は色々とあったようですが

 

母は許しの人なので

施設に入所する前からずっと

お世話をしていて

 

施設に入ったあとは

叔母の通院や、面会の時の様子など

ノートに記し、また会計係として

家計簿もつけています。

 

バイクで何度家や、病院に通っても

叔母に足代を取ってね、と言われても

預かったお金は一円たりとも使わない

律儀な人だ。

 

先週水曜から母と2人で

毎日、面会に行っては声かけをし

2人で寂しい気持ちになりながら

帰ってくる、そんな日々、、。

 

叔母は身寄りが誰も居ないので

母が身元引受人となってましたが

 

母も昨年11月から今年の2月まで

入院していたこともあり

 

私が引受人となり

喪主も務める予定。

 

少し前は

まだそんなこと考えたくない

少しでも長く生きていてほしいと思っていたけれど

 

今は、早く落ち着いて楽に

なってほしいという気持ちのほうが

少しずつ強くなってるかな。

 


出来れば、命尽きるまで

一緒にいてあげたいと思うけれど

 

面会は15分のみ。

融通きかせてくれても30分。

 

危篤面会なはずなのに…。

 


母が元気になってくれたお陰で

私は1人で重荷を背負うことは無いので

それは本当にありがたい!

 

そして

唯一の妹の娘(私の従姉妹)と

連絡先を交換したことで

離れてはいるけれど

常に連絡が取れるのも非常にありがたい!

 


それらがなかったら

わたしは絶対挫けていたと思う。

 


天は自ら助くる者を助く、

というけれど

1人じゃ無理だわ泣き笑い

 

 

いつ病院から電話がかかるか分からないので、パジャマに着替えずに

ジャージでいつでも出動準備OKにしている。

 

そして叔母のことを考えると

眠れなくなり悪循環なので

 

全てはうまくいっている

 

の文言を

またぶつぶついいながら寝る!

 

書き記しておきたかったの。

 

叔母の人生の最期のときを

こんなに身近に感じる事が出来る機会を

いただけたから。

 

人の一生って、何なんだろう。

身体はなくなっても

魂はずっと生き続けるとかいうけど

それも分からないし

 

最近思うのは

人生80年とか90年とか100年とかいうけど

一年を80回、90回、100回

回すだけなんだよね。

 

数にしてみたら、一瞬だなって思う。

 

あっという間にハタチで

あっという間に50だった。

 

叔母の一生も

あっという間だったのかな。

 

たくさんお礼を言ってるけれど

まだまだいい足りない。

 


明日も面会に行くので

たくさん想いを伝えてきます。

 






 



おはようございます♪ フローネです。

 

私に届いた、今日の格言

 

【まあいいか】

 

 

 いつも

【まあいいか】

なので、あ、これ私の言葉!

 

って見た瞬間思った。

 

だけど

自分の理想に近づけるまで

手を抜かないとこもある

 

特に今の時期

新学期や、新入生たちの準備で

バタバタしてるにもかかわらず

 

これをここまでやりたい!

がむくむく出てきて

何時間でもそれに没頭泣き笑い


っていうときもあるので

 

【まあいいか】

 

を心に刻めよ!と

いうことなんだと思って

 

今日は過ごします♪

 

格言ありがとうチュー