あれが単なるスケートリンクでのプロポーズだとしても、見るものの心を熱くするのに、求婚された女性の人生を知れば、涙をこらえるのはほとんど不可能だ。外資系保険会社のCMですっかり有名になった、井上怜奈の物語だ。
2008年の全米選手権の氷上。フィギュアスケートのペア・プログラムを終えてまもなく、井上のパートナーであり、恋人のジョン・ボルドウィンが彼女の背後でひざまずいた。何事かささやく恋人の、その意味するところを測りかねたような笑顔を一瞬見せた後、短い時間にめまぐるしく表情を変化させ、ついに泣き顔で収まる彼女の映像は、繰り返し見ても、色褪せることも飽きることもない。事態に感づいた観衆が祝福の歓声を上げる。テレビのキャスターは、「彼はプロポーズしたんだよ!」と興奮し、場内放送は「答えはYESだ」。歓声がいっそう高まる。
彼女の不屈の人生は、息を呑むほど壮絶なものだ。スケートに目覚めさせてくれた最愛の父を肺がんで失い、渡航先のアメリカで、自らも肺がんを患う。
抗がん剤治療の苦しみを乗り越えて、病を克服したものの、苦難は畳み掛けてくる。生活費もままならず、レッスン費用も十分にまかなえない。アルバイトをしながら生計をたて、フィギュアスケートの衣装は自分で仕立てたという。ところが、治療中のレッスンで頭蓋骨骨折の大けがを負い、その後、卵巣摘出するという試練も加わる。
その苦しみの果てに、井上は神から最高の贈り物を賜った。人生って、すばらしい。
「DEEP SEA」という酒場をアブドゥーン・サークルのそばで見つけた。
アブドゥーン地区は、ヨルダンの首都・アンマンの最高級住宅街にあり、東京で言えば、広尾や青山あたりにちょっと似ている。この店は、ホテルの酒場ではない。アメリカン・ポリスに似せた制服を着た門番が重たい扉を開けてくれると、100席ほどの薄暗い店内には、強烈なアラブの流行曲が流れていた。
奥のステージには、きわどい衣装をまとった「歌姫」がマイクを握っている。カウンターにもたれて世間話をしていた背の高い女が近づいて、「いらっしゃい。どこに座ってもいいのよ」と、東欧なまりの強い英語で話しかけてきた。シーシャ(水たばこ)を吸っていた地元の男たちの視線が僕に集まったが、すぐにまたステージの歌姫へと顔を戻した。
女はサマラと名乗った。「本名じゃないの。アラブ風の名前にしろっていうから」。彼女はルーマニアのブカレストからやってきた出稼ぎだった。背丈は僕よりわずかに低いくらいだから、175センチ以上はあった。薄い布地のカットソーを透かして見えるボディーラインは、グラマラスでエロティックだった。
ジンとシーシャを頼んだ。「香りは?」と聞くので、「それじゃあリンゴを」と注文すると、エジプト人の男が大きな水たばこ用のボトルとパイプを持ってきて、まだ黒々としている炭を、器用にボトルの上にのせた。彼はカイロとアレクサンドリアを結ぶ街道で育ち、アンマンに出稼ぎでやってきたのだという。エジプト人らしく、実直で気のいい男だった。
サマラは、「あたしにも吸わせて」と、パイプの吸い口を口元に持っていった。ボトルの水に、こぽこぽと空気が入る音が聞こえる。「あたしね、これがないとだめなのよ」。そんなことを言う。
歌姫の歌う曲は、アラブ独特の旋律を響かせる。微妙な半音進行と激しいリズムに、情熱的な声。「あなたを見たその日から、私の体の中はすっかりおかしくなってしまった」。そんな意味なのだという。「女はね、好きな男ができると、女だけが持っている隙間とか、空洞とかを満たしたくなるものなの」と、意味深げな解釈をサマラは続けた。疲労と、シーシャの煙と、激しい音楽。そして、サマラの低くハスキーな声に、後頭部がくらくらとした。
アブドゥーン地区は、ヨルダンの首都・アンマンの最高級住宅街にあり、東京で言えば、広尾や青山あたりにちょっと似ている。この店は、ホテルの酒場ではない。アメリカン・ポリスに似せた制服を着た門番が重たい扉を開けてくれると、100席ほどの薄暗い店内には、強烈なアラブの流行曲が流れていた。
奥のステージには、きわどい衣装をまとった「歌姫」がマイクを握っている。カウンターにもたれて世間話をしていた背の高い女が近づいて、「いらっしゃい。どこに座ってもいいのよ」と、東欧なまりの強い英語で話しかけてきた。シーシャ(水たばこ)を吸っていた地元の男たちの視線が僕に集まったが、すぐにまたステージの歌姫へと顔を戻した。
女はサマラと名乗った。「本名じゃないの。アラブ風の名前にしろっていうから」。彼女はルーマニアのブカレストからやってきた出稼ぎだった。背丈は僕よりわずかに低いくらいだから、175センチ以上はあった。薄い布地のカットソーを透かして見えるボディーラインは、グラマラスでエロティックだった。
ジンとシーシャを頼んだ。「香りは?」と聞くので、「それじゃあリンゴを」と注文すると、エジプト人の男が大きな水たばこ用のボトルとパイプを持ってきて、まだ黒々としている炭を、器用にボトルの上にのせた。彼はカイロとアレクサンドリアを結ぶ街道で育ち、アンマンに出稼ぎでやってきたのだという。エジプト人らしく、実直で気のいい男だった。
サマラは、「あたしにも吸わせて」と、パイプの吸い口を口元に持っていった。ボトルの水に、こぽこぽと空気が入る音が聞こえる。「あたしね、これがないとだめなのよ」。そんなことを言う。
歌姫の歌う曲は、アラブ独特の旋律を響かせる。微妙な半音進行と激しいリズムに、情熱的な声。「あなたを見たその日から、私の体の中はすっかりおかしくなってしまった」。そんな意味なのだという。「女はね、好きな男ができると、女だけが持っている隙間とか、空洞とかを満たしたくなるものなの」と、意味深げな解釈をサマラは続けた。疲労と、シーシャの煙と、激しい音楽。そして、サマラの低くハスキーな声に、後頭部がくらくらとした。
救いのないほど慌ただしいクリスマスのイブだ。宗教的な理由以外にあまりこの日にこだわる気持ちはないので、どうということはないのだが、世間の人々が浮足立っている時に個人的な作業に追われるのはやや寂しいことだ。
ここ数週間、街はクリスマス模様だが、行き交う人々を注意深く観察すると、きょうがまさに「その日」であることがわかる。オフィス街を歩く女性たちの華やぎが違う。たとえば、ストッキングの柄であったり、口紅の微妙な色であったり。いつもの丸の内より、いい意味でほんの少し味付けに抑制がきいていない感じがする。
主よ仕事場で聖夜を迎える民を哀れみたまえ。
ここ数週間、街はクリスマス模様だが、行き交う人々を注意深く観察すると、きょうがまさに「その日」であることがわかる。オフィス街を歩く女性たちの華やぎが違う。たとえば、ストッキングの柄であったり、口紅の微妙な色であったり。いつもの丸の内より、いい意味でほんの少し味付けに抑制がきいていない感じがする。
主よ仕事場で聖夜を迎える民を哀れみたまえ。
