昨日、友人と話していて、へえ!と思ったこと。

 

習い事をさせている親としては、月4回のスイミングとか、年間40回のピアノ教室とかに対して、

「回数を買っている」意識でいるのかもしれない、と。

 

なので、親の方は、振替は「当然の権利」と思っているのかも。

 

 

ピアノの先生をしているわたしとしては、もちろん回数は基本として掲げているけれど、

その中で「都合の悪いときはお休みでしょ」と思っている。

 

なので、「振替」はサービスで「してあげている」と思っている。

 

振替レッスンを引き受けると、調整の手間がかかる

(うちの教室の場合、これが大変!)。

 

そして、キャンセルされた枠は、中途半端に空く。

 

まあ、この時間内でできる小さなこともできるので、まったく無駄ではないのだけど、細切れの時間だから使い方に制限はある。

 

場合によっては、もとからこの枠がなければ○○へ行けたのにな、という感情も、出てきてしまったりする

(この辺は、プロ意識足りないですね)。

 

そして、新たな枠を設けなくてはならない。

 

 

振替希望するなら手数料をいただきたいくらい…。

 

 

でも、「当然の権利」と思っている人からみたら、「手数料? はぁ?」って思うにちがいない。

 

 

わたしも親として子供に習い事をさせてきたから、わからないでもない。

 

でも、具合が悪いときは「体を休めよ」というサインだと思っているし、

 

回数をこなすために日程を詰め込むのはどうだかな?と思っているほう。
 


でも、そうなのか。

 

回数はこなすべきものという前提の人もいるのかもしれない。

 

 

このことを頭に入れたうえで、わたしが受け入れがたいのであれば、

 

丁寧に伝えていく努力をしなければならない。

 

 

その努力が嫌だからといって、不満をため込んでいくのは、子供じみている。

 

うん、そうだ。

 

大人らしく、胸を張って進めていこう。