4か月前の今日、祖母という大切な人を亡くした。

その人は優しくて、あたたかくて、お日様のような人だった。

 

正直、4か月経ってもいなくなったことが信じられない。

ついこの間まで元気で、ついこの間まで隣にいて、ついこの間まで話していた人が居ないなんて信じたくもない。

記憶は驚くほど鮮明で昨日のことのようにすべてを思い出せる。

 

病気がわかって1か月という速さで逝ってしまった祖母は本当にせっかちな人だった。

早ければ早いに越したことはないという思考の持ち主で、出かけるときは1時間前に身支度を済ませている。そんな人だった。
天国への荷造りなんてゆっくりでいいのに。どうしてそんなに早く逝ってしまったの?

 

案外、祖母自身もせっかちすぎて自分が亡くなったことに気づいていないのではないか。

寂しがり屋だった祖母は一人で旅立って大丈夫なんだろうか。

 

あまりにも早すぎる死に心の準備、心の覚悟というものをちゃんと用意していなかった私たちは祖母が亡くなったことを受け入れられなかった。

病院から霊柩車に乗った祖母を見送り主治医に深々と頭を下げた時、何が起こっているのだろうと思った。

葬儀の時も同じ感覚がした。祭壇には祖母の写真が飾ってあって、棺には確かに祖母が眠っている。なのに夢なのか現実なのかわからなかった。わかりたくなかった。夢がよかった。

 

夢と現実の区別がついたのは最後のお別れの時だった。お別れ花と祖母の大好きなものを棺に入れていた時ぽろぽろと涙があふれていた。拭っても拭ってもあふれ出てくる涙はこれまで我慢していた分まで流れていた気がした。

 

残された私たち家族は、漠然とした悲しみと喪失感を日々受け入れながら過ごしている。

「闘病生活の期間が少なくてよかった」「祖母が苦しむ時間が少なくてよかった」と呪文のように言い聞かせて生きている状況だ。

 

私たちは今、生前祖母が一生懸命築いてきた人望でたくさんの人に助けられている。

祖母や支えてくださるたくさんの方々に感謝しつつ恥のない人生を送りたい。

 

おばあちゃんへ

こちらの世界では毎日おばあちゃんとの思い出話が絶えないよ。

おばあちゃんとの出会いは私たちにとって本当に大きな財産です。

今までたくさんの愛情をありがとう。

みんなおばあちゃんのことが大好きだからね。あなたは世界で一番愛されてるよ。

おばあちゃんの幸せをいつも願っています。