いま、2026年2月です。

ということは、

「ぴあーのさん、がんかもしれないよ」

「原発は分からないけど腹膜播種があります」

と次々に衝撃的なことを言われてから

一年が経過しました。

よっしゃ、まず1勝(笑)


生活が激変したな。

というかいまも変化の途中かもしれない。


原発特定のために奔走4ヶ月

急ぎ治療開始

仕事と両立がしんどくて

休業させてもらって。


その間に、あれこれ考えましたね。

死生観てやつですかね。

人生のこんなに早い段階で

こんなに現実的に死生観を

考えることになるとは

思いませんでした。

考えても、もやもやするだけなのですが。


ひとつ行動を起こしました。

会いたい人に会いにゆくことです。

こんなことがなければ

わざわざ会わなかっただろう人たちに

会いにゆきました。


そこでひとつ気づきました。

「私は死ぬ」を伝えに行ってるのに

いつの間にか「私は生きる」を

語っている自分がいました。


幸いにも今死に直面しているわけではなく、

一定の猶予があるようなので

「その間になにをやりたいのか」

「本当にやりたいこと」

をわりと整理して話していました。


あれ?これって、、

別にがんにならなくても

普通にやればいいことじゃないのかな?

「死ぬことは生きること?」

「やりたいことは全部やる」(森永卓郎)

そういうことが結論めいてあぶり出されました。


つまり、がんになってもならなくても

「日々イキイキ過ごすことが幸せである」

ということか。


偉そうにすみません。

周りの人に助けられているから

こんなお花畑みたいなこと

言えてます。自覚しています。


けど、もし、逆に健康な方で

生きる優先度に困っている方が

いらっしゃったら、、

「やりたいことは全部やる」

でいいんじゃない?

て少しリアリティ含みで言えるかも

しれません。


散文お許しください。


やりたいと思って実践したことの

一例の写真を添えて。。楽しかったなー🌠