演奏家は口で語らず、演奏で語る。
というのが、長らくcoolであったはずの演奏事情はここ10年くらいの間に、随分と変わってきたようです。
コンサートで演奏者がプログラムの解説を自ら話すことはもうめずらしいことじゃないし、ブログやYoutubeで(プロアマ問わず)演奏家自身が、自分のことや自分の意見を話すのも、当たり前の時代になりました。
最近では、五嶋龍くんが司会を引き継いだ「題名のない音楽会」でも、演奏者や曲の解説のほかに演奏に合わせて、演奏者が考え感じているコトなどをテロップで流してます。
こんなコトは、10年前には考えられないコトでした。
シリアスなコンサートになればなるほど、ある程度曲を「ワカッテル」のは前提で、それを踏まえてこの演奏者の言いたいことは、
「アンタ、よーく聴いて感じて、guess(推測)しなさいよ」的な空気が演奏者・聴衆両者にありました。
そしてそれが、
「クラシック音楽という高尚なゲージュツを理解する醍醐味でアル。」
として、ワカッテル私たちとしては最高にcoolだし、演奏家も、「そういうcoolな人たち相手に弾くし。」的な、極端に言えばクラシック音楽はそういう「ツウの人大歓迎」な雰囲気アリアリの世界だったように思います。
ソラ、なんか近寄り難いわな。「イチゲンサンおことわり。」みたい。
話を「題名のない音楽会」に戻すと、演奏者の考え感じてることを演奏とともにテロップで流すのは、演奏を聴いてる人が、
「ふーん、この曲はここでこんな感じなんだ。演奏者はここでそんな風に考えてるんだ。」
と興味を持って聴けるなと思います。
初めて聴く曲ならなおのこと、印象に残りやすい。
一方で、それでもなお、ただ純粋にその瞬間の音を聴いて、その瞬間の演奏者の出すバイブレーションを感じたい。
という聴き方も、(というか本来はやっぱりたぶん)クラシック音楽のライブでは特に面白いところであるというのが、一聴衆としての私の考えです。
昔から、「語らない」前提の演奏家たちの、「ホントはどんな人??」なビハインドストーリーは、聴衆側として、とてもとても興味あるところであって、彼・彼女らが語ることにも興味深々なのも事実。最近では、アルゲリッチの次女が製作した映画「Bloody daughter 」が、アルゲリッチのプライベートを公開していることで話題になりました。
で、これらはすべて、聴衆側のニーズから見た、語る・語らないのハナシです。
しかしね、本当のところ、音楽家は語りたい!
遡ること13年ほど前、ニューヨークに来たばかりの私は、ある大学准教授でピアニストのYさんと知り合い、ニューヨークの音楽家にインタビューして本を執筆中だったYさんや、彼女を通じて知り合った音楽家たちと、とても楽しいお付き合いをさせていただきました。
何かの折で、インタビューの様子をYさんに聞いたところ、Yさん曰く、
「イヤさ、音楽家ってみんなすっごい語りたいのネ。」(関心&呆れ)
。。。分かる気する。
音を聴いて何かを感じてもらえるのは、本当にすごい醍醐味ですよ、演奏者としても。と言うか、ほとんどそれが唯一にして最大のreward(報酬)であると思う。
でも、でもね!
語りたいこと、もいっぱいあるんです。
クラシック音楽を知れば知るほど、ピアノを弾けば弾くほど、感動が深まって、それを語りたい。
何せ相手にしてるのは、かれこれ300年とかの歳月を生き残った作品たちで、そんな大昔の人間が作った曲を、
「共感する」だの
「感じる」だの
「今また生まれる」だの
言っちゃって、大マジメに楽譜という暗号を解いて、何とか「自分を通して」もう一回生き返らせたい(不老不死願望か?ドラキュラか?)、って毎日汗かいてるんですよ?我々演奏者は。
発見した面白いコト、言いたい!伝えたい!
って、なりますよ。
調性がどうの?
演奏法がどうの?
まあ、そんなコトを語りたい時だってありますが、そんな専門的なことよりも知ってもらいたいのは、
何てクレイジーなのだ。〇〇よ。(〇〇に作曲家の名前を入れる)
とか
何たるF✖︎✖︎king guyか、〇〇よ。(〇〇に、、以下略)
とか。
あとは、一見澄まして演奏してる演奏者がいかに時代錯誤な滑稽な努力をして、「さもありなん」と暮らしているか。とか。(そこら辺の実態を描いた「のだめカンタービレ」が何年か前に流行りましたね。あの漫画・ドラマに出てくるエピソードたちは、音楽家の中では概ね、よくある「事実」として認識されています。一般的にはどうなんでしょう?)
そして、これはとてもマジメな話ですが、クラシック音楽に「人間が生きること」の古今東西の哲学やスピリチュアルが凝縮されていて、だからこそ一度その神秘に触れると、人はその魅力から離れられなくなること。時によっては、人生さえも救ってくれることがあること。とか。
。。。長くなりました。
もうこの段階で語りたいことが山ほどありますが、そーいった、一般的に見たら、
「どう考えても、(おもしろ)可笑しい」
作曲家の話、演奏者の実態を書いていってみたいと思います。